ポイポイポイ

 いやあ凄いよ巨乳に貧乳が勢揃いだよ桑島由一の最新刊「パイパイパイ」(集英社スーパーダッシュ文庫、648円)はグラマラスなグラビアアイドルから未だ発達せざる少女までが大集合してくんずほぐれつ大格闘……、

 違うって? ああそうみたいだ、よく見たら「ポイポイポイ」(集英社スーパーダッシュ文庫、648円)になっていた。だから舞台はストリップ劇場でもアダルトビデオショップでもなく、金魚が特産品となっているとある町。そこに暮らしている寅次は幼なじみの桜という少女から、自転車で前を見て走らない姿を咎められて「犬ひくよ、犬」と繰り返し言われながらも改めず、ドーベルマンを踏んでふくらはぎをゲシゲシと噛まれるドジを繰り返しながらもそれなりに普通に生きていた。

 いつも元気いっぱいなあかりという下級生の少女になぜか慕われ、ミイという名の同級生の男子からは異常に近い親近感を得ている、そんな寅次のそれなりだった人生に最大のピンチが訪れた。息子さんは夏を越せない命だと、父親が医者から告げられている場に寅次はなぜか居合わせてしまい、会話の内容を聞いてしまったのだった。

 さらに、幼なじみで憎からず思っていただろう桜に許嫁がいたことも判明。こいつが美形ながらも唯我独尊な性格で、桜が自分を嫌っているとは決して認めようとせず、どうにか認めても許そうとしないで寅次が桜の気持ちを邪魔をしていると確信し、排除すべしと全力をあげて挑んで来たから鬱陶しい。

 さあどうしたものかと思案していたところに、あかりから飛び出た勝負の方法が何と金魚すくい。その町では昔から金魚すくいの大会が行われていて、個人戦なり団体戦のどちらかに出て、許嫁の金持ちと堂々の決着を付けることを求められる。ところが。少年は金魚すくいをどうしてもやりたくなかった。やりたくない理由があった。

 かつて金魚すくいによって寅次の一家が悲惨な事態へと追い込まれた過去があって、寅次の手と心をギッチリと縛ってしまっていた。それでも桜が理不尽に連れて行かれることへの憤りが寅次の固まっていた手足を動かし、心を後押してその手に「ポイ」を持たせ、団体戦による金魚すくいの大会へとその身を臨ませた。そう。「ポイ」とは金魚すくいに使われる、あの紙が貼られたわっかのことだったのだ。

 厚さによって違いがあって、薄いと6号、やや厚いと5号と呼ぶことが本文中で説明される。本当かどうかは定かではないけれど、そうしたディテールに関する描写も含めて、どうやってすくえばちゃんと金魚をしっかりと、たくさんすくえるのかといった技術論が繰り広げられて、スポーツの極意に迫るスポーツ青春ストーリーのような感慨を与えてくれる。

 さらに、今はホームレスをしている男から、金魚すくいで数多くとるための極意を教えられる場面は、メイドにして将棋差しという美少女が活躍する漫画「ハチワンダイバー」に登場する、かつてプロ棋士すら破ったこともある真剣師の将棋差しが、落ちぶれホームレスとなって住んでいる河原のテントの中、雨の漏れるのも気にしないで将棋の神髄を教えられる場面に通じるシビアさ、シリアスさが感じられる。

 もっとも、そのホームレス自身が少年とその父親が引きずる金魚すくいにまつわる過去と、のっぴきならない関わりを持っていた辺りも明らかにされる怒濤の展開の中、少年が少女や同級生たちから慕われる人気者では決してなかったことも浮かび上がってくる。

 人気者どころかどちらかといえばネガティブな目で見られていた存在で、同級生たちからも同様に遠ざけられていたところを、なぜか仲間になってくれた面々によって引っ張られ、どうにか日々を過ごしていたんだということが分かって来て、日々に受ける様々な軋轢に沈みがちになっている現代人の、とりわけ未来にそこはかとない不安を抱えて立ちすくんでいる若い人たちの気持ちを奮い立たせる。

 病にも関わらず、最後の気力を振り絞り、過去も振り切って突き進む少年の姿が、諦めなず、投げ出さずない気持ちの大切さというものを改めて強く見せつける。その結果、得られるものの何と大きいことか。過去のもやもやも晴れ、幼なじみや友人や下級生との絆も深まって、晴れ渡る晴天のような爽快感がラストに読者の心をさわやかに透き通らせる。

 ちょっぴり優しすぎるエンディングという気がしないでもないけれおd、ここでバッドにダークなエンディングでは読み終えた後の寝覚めが悪い。「金魚たちポイに乗り、神天にしろしめす。なべて世はこともなし」。ハッピーなエンディングが青春には相応しい。

 ひっかかるとすれば、居なくなった母親との関係を取り戻せなかったところだけれど、一方で父親との軋轢は消え、新たなライバルも登場して未来に向かう気概も生まれて来た。そこから始まるドラマの中で少年は、きっと手にポイを取り、プールへと向かって金魚をすくい大勢の心を救っていくのだろう。頑張れと喝采。頑張ろうと決心。


積ん読パラダイスへ戻る