Perfect Plan
パーフェクト・プラン

 評するならば「流行のネタをこれでもかとばかり詰め込」(大森望)んだという帯の言葉が一番近い。1200万円という賞金の額と、百戦錬磨の書評家たちだけで選考する形で評判を呼んだ「このミステリーがすごい!大賞」の第2回受賞作。柳原慧の「パーフェクト・プラン」(宝島社、1600円)への評だ。

 代理母で生計を立てている女性・小田桐良江が、かつて出産した子供の三輪俊成を見に行くと、そこには母親から激しい虐待を受けている俊成がいた。見るに見かね良江はついつい俊成を連れだし、かつての愛人だった田代幸司のもとへ行く。

 それでは単なる誘拐話になってしまうが、田代やその兄貴分で、アングラ・カジノで店長としている赤星サトルは考えた。これを”誘拐劇”にしてしまおうと。それも「身代金はゼロ、なのにせしめる金は5億円」という誘拐劇に。

 そこから物語は良江や田代、赤星らがどうやって大金をせしめるか、といったストーリーで進み、これに代理母の問題が絡み、幼児虐待の問題が重なり、株価操作の事件が加わりES細胞の知識ウイルスの知識ハッキングの知識が盛り込まれる。

 さらにはデイトレーディングにひきこもりにホスト遊びに親子の相剋学歴への不審等々。今の社会や経済を象徴するような要素が山のように詰め込まれて話が作られているから、読んだ人は確実に、こういったものへの知識が得られて少しばかり得した気分になれる。

 問題は、そうした知識のてんこ盛りが、このストーリーにとって果たして適切なのかどうか、といった部分。半分あたりまでだったら、犯罪者と紙一重の男や女が集まって、ちょっとばかりの正義感も後ろに持ちながら、誘拐をしかけてまんまと大金をせしめて懲罰も行い、”これにて一件落着”とばかりに大岡裁きの快感を味わえたかもしれない。

 けれどもそこに、横入りのハッカーが加わって来ることで話が先へと延び、美人刑事が加わって話をさらに別の方向へと引っ張ってしまうことが、プラスアルファのどこへ連れて行かれるか分からない楽しみを与えてくれる一方で、予感が的中したことを喜びたい気持ちをそらして戸惑いを呼ぶ。

 誘拐事件に話を絞りつつ、被疑者たち、容疑者たちがともに背負った過去なり事情を深く描き、それが現在にどうつながっているかを描き上げれば、高村薫ばりの重厚な社会派ミステリーになった可能性もある。また同様にひとつの事件を主軸に関係する人たちが、入れ替わり立ち替わり登場してはのっぴきならない状況へと発展していき、最後に悲劇なり喜劇なりにつながる話だったら、奥田英朗ばりの軽妙なミステリーとして人気を博したかもしれない。

 雰囲気でいうなら「パーフェクト・プラン」は後者に近い。ただ物語が本来ウリにしていた、誰も損をせず犯罪ですらない誘拐事件という軸とはずれた部分へと物語が進んでしまい、悩み考える人間たちの深いドラマが描かれそれが、全体のクライマックスに来てしまっているのは悪くはないがやはり気になる。

 もちろん「あの手この手で先を読ませぬストーリーテリング」(香山二三郎)、「気になって気になって、ページを繰る手を止められなかった」(茶木則雄)、「先が読めない」(吉野仁)といった具合に、選考委員たちが選んだ理由に挙げている特色は文句なしに存在するから、読み出せば最後まで一気は確実だ。希代の読み手たちすら驚かせどきどきさせたその”異質ぶり”。堪能してみるのも悪いことではない。


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