PARASITEMOON
パラサイトムーン風見鳥の巣

 手に取って表紙をながめれば、マンガのようでアニメのような美少女の、それも緋色の袴をはいた巫女さん姿というイラストが描かれていて、折り込まれた口絵部分をひろげれば、これまたパソコンゲームのような裸の美少女が胸を隠して鏡をみつめるという淫靡なイラストが目に刺さる。第7回の電撃ゲーム小説大賞で金賞を受賞したデビュー作の「陰陽ノ京」(メディアワークス)に起用された田島昭宇の怜悧で耽美なイラスト、そしてイラストにマッチしていた内容と比べると、受ける印象は大きく異なる。

 さらに本文を読み始めると、プロローグを経た冒頭に描かれているのは、主人公の少年の家のドアを針金で開けようとしたり、ビーフシチューにタバスコを大量に入れたりする、ちょっぴりドジでけれども可愛い幼なじみの美少女というシチュエーション。そんな彼女に引っ張られて渡った島で、奇怪な事件に巻き込まれるという展開から、平安時代が舞台だった前作から一転して、現代を舞台にしたラブコメチックなストーリーの中で、少年が恋をし危機を乗り越え成長していく話なんだろうと想像して不思議はない。

 それがどうだ。ラブはラブでもラブ違いで、その果てしない想像力で地上に暗黒の魔界を創造したアメリカ人作家、H.P.ラブクラフトにもつながる新しくて驚くべき神話体系が繰り広げられていて、読む人を文字どおりに驚天動地の世界へと引きずり込む。それでいてしっかりと淡い恋の物語、痛みをともなう成長の物語もしっかりと盛り込まれていて、巫女姿の美少女という見た目で手に取った人にも何かをちゃんと考えさせる。

 主人公の少年・希崎心弥が幼なじみの美少女、露草弓に連れられて渡ったのは、少女の父親が生まれ育った徒帰島という小島。村長をやっている弓の祖父が、高齢になったこともあって死ぬ前にひと目孫の弓に会っておきたいと弓を招いたもので、心弥はその付き添いとして島へ行く羽目になったのだった。

 徒帰島には島独特の信仰があって、島民たちはみな「波谷様」という神様を崇めていて、弓の家系は代々「波谷様」をお祭りする巫女を出していた。直系にあたる弓の父親が若くして島を出てしまい孫の弓も当然ながら巫女ではなく、今は従姉妹にあたる朱羽(あかは)という少女が巫女になっていて、島についた弓と心弥になにかと気をかけてくれた。ところがその優しげな言葉とは裏腹に、どこか冷徹な印象が朱羽にはあった。というのも実は心弥には、人の感情が色で見えるという不思議な力があって、朱羽からは冷徹さを表す白い色が立ち上っていたのだった。

 その見立ては正しく、心弥は島民たちにつかまり閉じこめられてしまう。さらには「波谷様」の存在を知って島に乗り込んで来てはいろいろと嗅ぎ回る一味と、「波谷様」を守ろうとする島民たちとの諍いの渦中に巻き込まれ、さらに謎の一味とは別の、和服姿の男性と首にベルトをまいた美少女という不思議なカップルも加わって始まった大激闘の渦に否応なく放り込まれてしまう。そのなかで心弥は、一味が狙うものが「迷宮神群」という存在で、心弥に備わっている感情が色で見えてしまう力も、この「迷宮神群」に関わっていることを知って戸惑う。

 感情を色で見られる心弥の能力が、単に島民たちの欺瞞を見抜く鍵になっているだけではなく、見えてしまうことによって逆に見えなくなってしまうものがあることを想起させる展開になっているところに、深いメッセージがあって読ませる。異形の者へと変貌をとげてもなお、自分を信じ他人を信じていけるのかという問いかけもなかなかに重い。表紙や口絵から浮かぶ甘くてちょっぴりエッチなラブストーリーではないが、青春と暗黒、美少女と怪物、成長と頽廃の混然となったハイブリッド・エンターテインメントとして、読む人を楽しませてくれるだろう。

 「迷宮神群」を狩るとはいいながらも、どっぷりとその影響を受けている謎の一味のモチベーションの源がいったい何なのか分かり難かったりするが、着物姿の男と首輪の美少女の素性も含めて、垣間見えた異神たちの抗争の一端を担う人間たちの暗闘の物語のなかで、おいおいと明らかになっていくだろう。新鋭によってここに一端が紡ぎ出された新・神話体系が、文字どおりに体系となって行くために、まずはこの1冊が大勢の人に読まれることを願いたい。


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