Parallel Lovers
パララバ

 死んでしまった人は生き返らない。死んでしまったその人の代わりに、自分が死んでしまえば良かったと願ったところで、時間を遡ることなんて出来はしない。死んでしまった人が生きている世界は絶対に訪れない。でも。

 死んでしまった人が生きている世界が別にあるかもしれない。そう考えることは可能だ。時間の流れはひとつではない。あの時にそうなったことが、そうはならなかった世界があって不思議はない。とても難しい物理学の論理を使うと、そんな思考も生まれてくる。ならば。

 第15回電撃小説大賞金賞を受賞した静月遠火の「パララバ」(電撃文庫、550円)は、死を境目にして2つに別れてしまった世界に生まれた交流を描いた物語だ。ヒロインは遠野綾。、南高に通っていて、3人しかいない合気道のクラブに所属していた彼女は、北高の合気道部に所属している村瀬一哉という少年が死んでしまったと聞かされる。

 通っている高校の屋上で、脚を滑らせ頭を打って死んてしまったらしい。前に綾の南高と一哉の北高では、合同練習をしようという話が持ち上がったことがあった。連絡係に選ばれたのが綾と一哉。打ち合わせのため、電話でをやりとりするようになった2人だったけれど、合同練習の話は結局流れてしまい、2人が直接会うことはなかった。

 それでも電話を通じたやりとりは終わらず、毎日のようにお互いに声を聞いていた。近く会う機会も持てそうだった矢先。一哉は死んでしまった。綾は一哉の葬儀に出かけて行き、帰宅して一哉が死んでしまったこと実感して悲しんでいた。

 そこに1本の電話が綾の携帯にかかって来た。一哉からの電話だった。

 そんなはずはない。出ると一哉が喋りかけてきた。そして告げた。こちらの世界では、遠野綾が通り魔に襲われて刺し殺されたのだと。さらに村瀬一哉は続けた。高所恐怖症の自分が屋上に上がるはずはないと。

 別々の世界で、それぞれのうちの1人が死んでいた事件。それも、殺された可能性がある事件。2人はそれぞれの世界でそれぞれを殺した犯人を見つけだそうと調査を始める。

 それぞれの世界で相手は死んでしまっている。会ったことはないから周辺に直接の知人はいない。ただ、彼氏を自慢するような綾の話で、綾の友人は一哉の存在を知ってはいたし、一哉の話から綾を知っている部活の仲間がいたかもしれない。それに電話を通せば相手は生きていて、声を聞かせてくれるのだ。誰に聞けば一哉が死んだ時の様子を綾に、あるいは綾が刺された前後のことを一哉に教えてくれるかを聞き出させる。

 そうして得られた相手の情報を活用しながら、自分が今いる世界で死んでしまった相手の周辺の調査につなげる設定が巧い。共に時空を隔てながらも同じ場場所にいて、危険が起こった時に、つながった電話でお互いに指示を出し合い、それぞれを救うというシチュエーションも面白い。

 設定を活かした上に乗った、2人がそれぞれに殺されてしまった事件の真相をめぐるミステリーのドラマもよく出来ている。病気で死んでしまったという科学部の部長が何をしていたのか。学校に残されている奇妙な暗合が意味することは。そんな謎を解き明かして真相を見つけていく展開を楽しめる。

 別れた時空がどうして繋がってしまったのかは不明ながらも、そうした理由付けを超え、何かの理由で生じた不思議な設定の上で繰り広げられるミステリーとして、高い完成度を持った作品だ。

 声でのやりとりだけが2つの世界をつないでいる。そんな可能性から一哉とメールをやりとりしなかった綾が、最後のピンチで取った行動が招いた事態。それは幸運でもあり、また不運でもあったけれども、それぞれの世界でお互いを不孝にした犯人は暴かれ、謎はすべて解き明かされた。考えるなら漂う無念の思いと、相手を思う気持ちが2つの世界をつなげ、声を交わさせ、そしてすべてを見届けて終わらせたのかもしれない。

 頼りのないは元気な証拠。あとは考えればいい。向こう側の世界の存在を。現実世界で失われた存在を思いつつ、向こう側の世界で在り続ける存在を思うことで、人は誰かを失ってしまった悲しみを埋め、残る人生を精一杯に生きていけるのだ。


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