狼たちの月
LUNA DE LOBOS

 想像はできるが実感となると難しく、共感となるとさらに困難さがつきまとう。

 この日本で今、この本が出版されることの意味を掴むのは少しばかり難しい。だからなのか、巻末に訳者の木村榮一が長めの解説を添え、歴史を語り事情を語って読者に知識面でのバックグラウンドを与え、作品への共感とまでは行かないまでも、実感くらいには近づけようと試みている。

 あとはそれを読み、考えることによってスペインの作家、フリオ・リャマサーレスが1985年に書いたデビュー作「狼たちの月」(ヴィレッジブックス刊、1700円)が持つ意義なり、2007年末のこの時期に日本で刊行された意義を理解するより他にはない。でなければ単にお調子者の穀潰し共が、粋がった挙げ句に自爆していくネガティブな印象しか、ヒーローであるはずの主人公たちに抱けない。

 舞台はスペイン。それも欧州では第2次世界大戦が起こってはいても、その戦乱からはやや外れてフランコ総統による反乱軍が左翼の支援した共和国政府軍をほぼ駆逐し終え、残った関係者なり支持者なりゲリラなりを掃討していた1930年代後半。赤くて熱い情動がわき起こってか、共和国政府の活動に賛意を贈って闘いに身を投じた若者が3人ばかりいた。

 もっとも相手はヒトラーにムソリーニといった面々を当初は見方に付け、そんなファシストが連合軍によって追いつめられた後は、中立を標榜しつつ富裕層と教会の支持を得て勢力を拡大していったフランコ総統。抵抗などかなうはずもなく追いつめられ、組織は崩壊して3人は追われ山を転々としながら強盗を働き、追い剥ぎをやりながらその日をかろうじて生きている。

 時に故郷あたりに舞い戻っては家族の消息を気にするものの、そこにもフランコ率いる政府の追及は及んでいて、見つかれば引っ張られ裁判などされる間もなく側溝に死体となって転がる運命。だから帰れず、かといって亡命するだけの力もない彼らは八方ふさがりに置かれている。その間にも1人死に、2人死んで最後は1人だけが遺される。

 身内に叛乱分子がいるというだけで弾圧の対象になって、悲惨な目に遭っている家族のために身を引くだけの勇気も男気も見せない彼らの落剥した生活ぶりからは、弾圧に耐えつつ家族の愛に見守られながら闘い続ける勇気の尊さ、などという抵抗を描いた物語にありがちのパッションはまるで浮かんでこない。

 あれば今も普遍な抑圧者と非抑圧者の闘いに、日々を勤しむ面々からの共感もあったはず。けれどもそうした高尚さなどまるでない、迷惑をかけながら逃げまどい挙げ句に犠牲者まで出してしまう若者たちの様に、むしろ反感すら覚えてしまう。流行りの言葉でいうなら「空気の読めない」奴ら、とでも言うべきか。

 最後こそ残った1人が身を遠ざけようとするものの、間際まで迷惑をかけっぱなしの男の姿に哀愁さはまるで覚えない。そんな小説がスペインでは85年に刊行されるやいなや大人気となり、作者も一躍人気作家となったというから分からない。

 スペイン内戦で同じ国の人間、同じ村の人間が反目し、争い雌雄が決した後も密告なり、差別といった諍いを続けた結果生じた傷が、1975年まで続いたフランコ独裁の中で闇の側へと押しやられ、埋められていた。それがフランコ総統の死後から10年を経て、当時およそ30歳の若い作家の手によって掘り返され、暴かれえぐられたという時事性、社会性が、様々な反響を読んだのかもしれない。

 そしてフランコに味方し、迫害に回った世代に浮かび漂った気まずさとともに、世間の関心を集めざるを得なかったからなのかもしれない。その時代だったからこその注目であり、今も含めてその国であればこその関心を現代の、この日本でどこまで認識できるかは重ねて言うが難しい。

 もっとも、若気の至りというか、若さ故の血気にはやって盛り上がった挙げ句にはまった最悪の事態というものは、ほんの数年首をすくめていれば通り過ぎるなんてことはなく、場合によってはその後数十年も、レッテルとなってつきまとい追われ迫害される要因になり得るのだということを、この小説からは大いに学べるだろう。事実フランコは40年近くを生きてスペインを独裁下に置いた。

 そうした事情を勘案した上で覚悟を持って行動すれば潔いと讃えられるが、無様に漂うだけでは身内からも見捨てられ何の賞賛も得られず、ただのたれ死にするだけ。それをも理解した上でさて、どういう行動に出るべきなのかを考える時に、この小説は極めて良質の反面教師となり得る。

 無様な末路は厭だと思うなら最初から関わらずにいるか、関わっても意志はしっかりと持ちタイミングを計って動き決断すべき。なるほど曖昧さに身を置きどっちつかずのまま流れを見ている現代の日本において、優柔不断の悲惨な末路を示したという意味を、この小説は持っているのかもしれない。


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