オケ老人!

 音楽に敬意を。老人たちに喝采を。

 「ふしぎの国の安兵衛」(小学館、1200円)で、江戸時代から侍が現代にやって来て起こす騒動を描き、愉快な中に現代への警鐘につながるメッセージを送ってくれた荒木源の最新作はその名も「オケ老人!」(小学館、1500円)。このタイトルを聞いただけで、何かピクッと来る愉快さが感じられるけれども、内容の方はさらに輪をかけ愉快で軽快。読み始めたら次はいったいどうなるんだという好奇心から、ページをひたすらにめくらされ続けること間違い無し、だ。

 大学時代にオーケストラに参加してバイオリンを弾いていたけど、今はすっかり止めてしまってしがない高校の数学教師。毎日をぼんやりと過ごしてい中島は、新たに赴任した学校のある町でふらりとはいった文化センターで聴いたベルリオーズに激しく感動した。巧い。そして楽しい。昔の興奮が蘇ってバイオリンを弾いてみたいと思い始め、さらにオーケストラに加わりたいとネットで検索して見つけた交響楽団に訪ねたところ、それは大変に有り難い、ぜひ来てくださいと誘われた。

 大感動。そして勇んで出かけていった梅が岡交響楽団の練習場で中島はとんでもないものを観る。そして聞く。老人。老人。老人。老人。老人ばかりの楽団で、体力がなく100小節すら続かないような人々ばかり。音も外れてまるで音楽になっていない。聞くとコンサートなんてもう何年もやっていないという。まさしくオケ老人だった。高齢者に起こりがちな記憶の衰退を示唆して呼ぶ言葉も浮かび上がった。

 これはいったいどういうことだ? どうやら町にはもう1つ、梅が岡フィルハーモニーというオーケストラがあって、中島が聞いたのはどうやらそちらの方だった。何でも梅が岡交響楽団から老人たちを置き去りにして分離・発足したもので、なおかつ梅が岡交響楽団のリーダーが営む家電店を脅かす家電チェーンの社長がやっているというから驚いた。そして困った。

 本当は辞めてそっちに移りたかった。けれども辞めたら卑怯だと思われそうだった。なおかつ学校で教えた女生徒の祖父が、所属している交響楽団のリーダーだと分かった。事情を話して退団を認めてもらおうとしたら半ば陰謀にハメられ、半ば同情と見栄も浮かんで梅が岡交響楽団から逃げられなくなってしまった。

 悶々とする日々。苛々とする日々。もうだめだと梅が岡フィルハーモニーに潜り込んで始めた二重生活で中島は知った。激しい競争社会で油断すれば蹴落とされる場所だった。それでも食らいついていこうとして、けれどもついていけなくなって中島は絶望する。そこに大きな光明がともって、リベンジに向けた努力と精進の日々がスタートする。

 下手くそなチームが頑張って強敵を倒す「がんばれベアーズ」的な王道フォーマットならではの楽しさがまずあって、なおかつ音楽というものが持つ魅力が満面に湛えられていて、読むほどに驚け楽しめ、興奮できる。さらに絡んでくる国家的謀略。蛇足かもそてないという気もしないでもないけれど、単に「ベアーズ」はフォーマットなら他にある。ピリリッとしたスパイスになって見えない謎に迫る好奇心を満たしてくれる。

 陰謀渦巻く中で行われた久々の梅が岡交響楽団のコンサート。努力して積み上げたものが一気に爆発するシーンは文字で読んでも目に光景が、そして耳にドヴォルザークの「新世界」が聞こえてくる。

 映画で見たい。ドラマで観たい。それよりやっぱり読んで読み返して感動を脳内に浮かべて微笑みたい傑作小説。読み終えて心が打つ音楽への喝采は鳴りやまず、そして老人たちへの果てしない敬意に満たされることになるだろう。


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