叔父様はの迷惑

 ふらふらと腰が定まらず、世界を渡り歩いて何年も帰ってこず、親族からは半ば呆れられ半ば嫌われているけれど、たまに顔を見せた時には、袋の中から楽しい玩具、不思議な化石、見たことのない宝石を取り出して、甥や姪の際限のない好奇心に火を付けてくれる「ヘンな叔父さん」。小説やコミックの世界で、そんな「叔父さん」に出会うたびに、子供心にいつも「なんて羨ましいんだ」と思い、いつか自分もそんな「叔父さん」になって、甥や姪を喜ばせてやろうと誓っていました。

 現実に「叔父さん」になった今、世界を渡り歩いてもいなければ、不思議な化石もキラキラ光る宝石も持ってはいませんが、おかしな知識と奇妙な言動とで両親に心配をかけ、親族一同からは多分に呆れられているという点で、充分に「ヘンな叔父さん」の資格は持ち得たのではないでしょうか。今はまだ赤ん坊の甥っ子が、やがて成長してものを考えたり行動したりできるようになった時には、もっともっと「ヘンな叔父さん」になって、いろいろと教えてやろうと考えています。喜んでくれないかもしれませんが、普段暮らしている社会と「ヘンな叔父さん」がもたらす社会とを相対化させる術を覚えることは、後々決して無駄にはなりませんから。

 坂田靖子さんの連作短編集「叔父様は死の迷惑」(早川書房、440円)に登場するデビッドおじさんは、まさしく典型的な「ヘンな叔父さん」です。メリィアンの母親の弟なのですが、普段は酷寒のグリーンランドで動物と氷とに囲まれて暮らしています。あるクリスマスが近づいた日、メリィアンはこのデビッドではなく、父親の兄弟である「叔父さん」の到着を嫌々ながら待っていました。それというのもそのグラハムは、子供のしつけにうるさく融通の聞かない俗に言う「カタブツ」で、作家を志望し日々スクラップを欠かさないませた女の子のメリィアンにとっては、迷惑なことこの上ない「叔父さん」だったのです。

 ところが偶然、グラハムを待っていたメリィアンの家族のところへ、アラスカから一時帰国したデビッドおじがやって来てしまい、メリィアンの両親はは頭を抱えます。ズボラで好奇心ばかり強いデビッドにほとほと手を焼いていたからです。メリィアン自身も、無精ひげをたくわえてずかずかと土足でメリィアンのプライベートに侵入してくるデビッドを、最初は嫌っていました。もちろんグラハム叔父より酷いということはありませんが。それがクリスマスが近づいたある日、近所に住むチャリスさんという男性が死亡してしまった事件を、デビッドがあっけなく解決してしまったことをきっかけに、妙に仲良くなってしまいます。

 もちろん勝ち気なメリィアンですから、表情に出してデビッドを慕い、後を付いてまわるようなことはしません。けれどもデビッドにも増して好奇心旺盛なメリィアンが、狼男や古城での集会や消えた羊の事件に遭遇して調査に乗り出すその先を、いつもデビッドが歩いていて次々と事件を解決してしまいますから、否応なしに2人はいつもいっしょ、そして心から信頼し合える仲になっていきます。

 わがて来る別れの時にも、メリィアンは表面では平静を装い、むしろせいせいしたといった表情を見せますが、いっしょに暮らした1年のうちに、すっかりメリィアンはデビッドに惹かれてしまったみたいです。メリィアンだけじゃなく、両親も姉も、そしてカタブツのグラハム叔父までも、やっぱりデビッドが気になって仕方がなかったみたいです。結局みんな、心の底では「ヘンな叔父さん」を待ちこがれた子供時代そのままに、普段自分が接している社会とは違った、別の社会に多かれ少なかれ憧れているのです。

 坂田さんの線は、簡単なようで実に様々な表情をキャラクターに与えます。怒ったり驚いたりすねたりしているメリィアンの表情豊かなことといったら、複雑な線を何本も重ねて作り出した劇画などに比べても、一向に遜色がありません。動物の表情の可愛さ、というか面白さも坂田さんの特徴で、「探偵日記・悪天候バージョン」に登場する羊など、大きな眼だけで鼻も口もない顔なのに、しっかり羊に見えるから不思議です。

 そんな絵柄によってつむぎ出されるストーリーも、ほんわかとしてほのぼのとして、ちょっとだけしんみりしてしまうような場面もあって、いつ読んでも心豊かな気持ちにさせられます。技巧に走って中身の薄い漫画が氾濫している世の中で、単純だけど豊かな表情を持った線で、詩情あふれる豊かなストーリーを描き続けてくれている坂田さんは、これまでもこれからも、とても大切な漫画家さんだと思います。


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