お稲荷さんが通る

 お稲荷さまが現れ家に住み着くっていうか、狐は稲荷神の眷属だからヒロイン(時々ヒーロー)のクーちゃん自身はお稲荷さまではないけれど、狐=お稲荷さまだと見なされがちな風潮もあるだけに、そんなタイトルになったと想像できる「我が家のお稲荷さま。」(電撃文庫)。柴村仁の人気ライトノベルシリーズで、アニメ化もされてなかなか好評だった。

 この作品も含めて神様仏様に妖怪悪魔に邪神妖精に地底人宇宙人の類が、押し掛け女房よろしくやって来ては、あどけない男の子なり欲望渦巻く青年の家に同居を始める物語は、今のライトノベルの世界では枚挙に暇がなさ過ぎるくらいにありきたりの設定になっている。

 だから今さらそうした設定を持ち出されたところで、よほどの力業なりキャラクター性なりがなければ読者からなかなか関心を持たれない。たまに逢空万太の「這いよれ! ニャル子さん」(GA文庫)のような、擬人化され美少女化され宇宙人化されたクトゥルーの邪神が同居を始める物語も出てきたりするから、ライトノベルもなかなかどうして侮れないのだけれど。

 それはだから特殊な例として、やっぱり相当に狭き門となっていたりする設定だけれど、これがライトノベルのように読者層がティーンと中心にしていると見なされがちなカテゴリーではなく、ハードコアなエロスも可能な一般小説の世界へと広げれば、いくらだって戦う余地はあるのかもしれない。たとえば叶泉による第9回ボイルドエッグズ新人賞受賞作の「お稲荷さんが通る」(産業編集センター、1200円)のように。

 桐之宮稲荷という名の女の子が白い石に顎をぶつけたら、神様が現れとりついた。それ事態なら実にありきたりな設定で、男子の家に美貌の女神様がやってくるといった男子向けのライトノベルとは逆になっているとは言え、女子向けのライトノベルになら女子が何者かにとりつかれるという設定もあったりするから、それほど珍しくはない。

 違うのは少女の仕事が体を売って稼ぐ世界最古の仕事、つまりは売春婦だったってところ。いきなりそれなりなものをくわえて出させて、入れさせてよがらせたりするハードにエロティックな描写は、ティーンが対象のカテゴリーではほ確実に描けない。描きたくても描かせてはもらえない。

 二次元なんとかとかいったライトノベル風味のエロ小説だってあったりするのがこの世界だけれど、そうした部分を読ませて楽しませるエロ小説へとは向かわないのが「お稲荷さんが通る」という小説の一般向けたるゆえん。作品で舞台になっている世界の成り立ちについて示されていたりする部分が、現実と地続きになったさまざまな課題といったものを示していて、エロスに溺れそうな目を覚まさせる。

 何しろ舞台は100年後の日本列島は京都あたり。大飢饉の果てに国力が衰退した日本は、何と中華人民共和国に買収されてて日本省とかになっていて、日本人は劣等民族として漢民族なんかの下でほそぼそとを生きていたりする。そこに独立した台湾とか、日本族よりは上だけれども漢民族よりは下に見られる香港出身者なんかも絡んだりするという、なかなかに苛烈な日本の未来像が描かれていたりするからユニークだ。いやユニークと笑っていられない現実が、今の日本経済にはあるんだけれど。

 いずれにしてもライトノベルではちょっと出来ない政治的経済的外交的設定。しばらく前に出た高丘しづるの「エパタイユカラ」(ビーズログ文庫)に、分断されて西は中国の翼下に入った日本の未来像が描かれていたくらいか。あれはあれでレーベルに似合わずハードな作品だったけれど、ハード過ぎて続きが1冊で終わってしまったところが残念というか、仕方がないというか。

 信心されなくなって存在感が薄くなった神様が、巫女の血筋を持った女の子とかに取り憑くって設定は、古戸マチコの「やおろず」(イーストプレス)にも通じる設定。そこに留まればほのぼのファンタジーの範疇でいられたものを、体を売って生きざるを得ない日本族の女性の苛烈さと、そんな状況も100年が経てば何とはなしに序列として受け入れ甘んじてしまう人間の心性めいたものが浮かび上がっていて、どうにかなる前に何とかしておかなくっちゃって気にさせられる。

 それは対立とか反攻ではなく、作品の中で主人公の稲荷という少女が誤解を埋めて理解を得て協力を取り付けていくようなプロセスを踏んで、誰もが前を向けるような世界にしていくことか。伝奇でSFでエロティックな上にポリティカルな物語。描き込めば戦いの部分とか世界の部分とかもっといろいろ描けそうだし、始まった神様バトルの行く末なんかにも繋げて行けそうだ。

 とはいえそれをやりはじめると、ライトノベルにつきものの続編続編また続編の陥穽に落ちるから、ここは世界を創造できる力とキャラを描ける筆をふるって、次なる物語を新たなる世界の中につむぎ出しれくれたら興味深いしありがたい。


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