へっぽこSP なごみ!

 美人で若くて警視とかって話は、漫画とか、小説とかに結構あって今さら全然驚けない。警視総監であってもたぶん無理。っていうか、総理大臣でだって驚くもんかと思えるくらいに、フィクションの世界はエスカレーションが進んでて、こうなったら総理大臣とか大統領とかが女子中学生だった、なんて話にでもしなければ読者の欲望は満たせない。なんていってたら総理大臣モノが登場。機を見るに敏だねえ、エンターテインメントの世界って。

 ただ、あまりに激しいインフレぶりに、気持ちがついていけなくなっている部分も実際あって、筒井康隆の「富豪刑事」じゃないけれど、金力や権力を振り回しては世界を滅ぼそうとする陰謀も、一色触発の状況にあった外交もたちどころにすべて解決、なんて話じゃなくって、知力体力理力の類でもって一般市民レベルの事件を解決してみせて、気持ちをホッとさせてくれるような話がないものかと思っていた。

 そんあところに折良くも登場したのが、直遊紀の「へっぽこSP なごみ!」(メディアワークス、590円)。とかく突出したキャラが大勢出てくるエンターテインメント系小説の世界にあって、比較的真っ当なキャラクターが、ちょっとだけ突き抜けた能力を使って、割と一般市民レベルの事件を解決するって内容で、インフレに焼けた胸をスーッとさせるくれる。

 主人公の橘なごみは19歳なのに警視庁の刑事。でもって小学校の同級生で、何故かいつもなごみを苛めていたらい松前結依子は、飛び級でハーバード大学だかを出て、キャリアで警察に入って今は警視庁捜査1課課長。んなアホな、といつもながらのインフレ設定に胸がチリリと痛んだけれど、読み進んでいくうちに痛みも取れて、だんだんと良い気持ちになって来た。

 まず設定。なるほど結依子のような19歳で捜査1課長、なんて事態は現実だったら絶対にありえない。ただ飛び級が認められた世界だったら、中学生高校生が総理大臣になってしまうよりは、もしかしてありえる話かもしれないし、なごみはたった5文字だけながら、相手の思っていることを読むことができる、テレパスとしての超能力が認められて採用されただけ。いずれもそれなりの理由があって、無理矢理ながらもどうにか気持ちを納得させられる。

 加えて彼女たちが取り扱う事件が、世界の平和だとか人類の希望だとかいった大袈裟なものじゃなく、むしろありふれてありきたりだったりする関係もあって、読んでいてそれほど目くじら立てることなく、割と素直に異常な世界に入っていける。もっとも、インフレに次ぐインフレによって、真っ当な感性が鈍っている可能性があるから、エスカレーションに免疫のない人は、「19歳美少女警視」とか「超能力刑事」なんて設定だけで、泡を吹いて起こり出すかもしれない。とりあえずあすか正太「総理大臣のえる! 恋する国家権力」(角川書店)を事前に読んで、耐性を付けておくことが吉。

 本編の方は、アイドルへの想いが講じてイベント会場に爆弾を仕掛けてしまった青年を相手に、爆弾の在処を危機だそうと頑張る(テレパスの力を発揮するとお腹が下るらしい)なごみの活躍を描いた話が第1話。なごみに対して、美貌と才能を鼻に掛けて高飛車に振る舞っているように見える結依子が実は、といったエピソードも折り込まれていて気持ちがなごむ。

 これがもし、徹底して高飛車な結依子とイジけっ娘のなごみとのバトルを核に話を進める感じだったら、印象もちょっと違ったかもしれないけれど、結依子をそれほど突出させずに天然っぽさを残してサブに置いたままにしている辺りが、バトルにつきものの騒々しさやギスギスした雰囲気を感じない理由かもしれない。

 なごみの同僚は、ちょっぴり奇妙なポーズを取って口調もかえて気合いを入れてはみたものの、100円ライターひとつを空中に浮かせるのもやっとというコギャルの野見山佳代に、第1話で発見されて仲間になった新米で、能力的にはなごみより佳代より凄いんだけど、それを発揮する際にはとてつもなく壮絶なことになる美少女。いずれ劣らぬ異色ぞろいではあるけれど、その能力のチンケさを卑小に描くんじゃなく、頑張りの成果として前向きに扱おうとしている辺りもまた、読んでさわやかさを感じる理由なんだろう。

 なごみにとって悲しいエピソードがあったりして、ちょとした起伏のあるドラマが以後の話で繰り広げられてはいくけれど、全体としてはのんびりとしてまったりとしたライトなドタバタ小説。インフレに食傷気味の胃袋にだっていい感じで入りそうで、これからもシリーズが出れば胃薬代わりに買ってしまいそう。続きを期待しよう。

 なごみたちが所属する特殊能力捜査課を、超能力者を見つけられるという能力でまとめている課長の三ツ村四五郎警部も、なかなか味わい深げなキャラクターで今後の活躍に期待大。もっとも活躍すればするほど失う宝がある人だけに、同類の人の場合はのんびりまったりな気持ちがハラハラドキドキに代わってしまう可能性が高いかも。


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