無彩限のファントム・ワールド

 虎虎の「中二病でも恋がしたい!」シリーズに鳥居なごむ「境界の彼方」シリーズと、立て続けにあの「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん!」を世に送り出して話題を呼んだ京都アニメーションによるアニメ化作品を生みだし、どちらもそれなりなヒット作となっていたりするKAエスマ文庫。そこから新たに登場した秦野宗一郎の「無彩限のファントム・ワールド」(KAエスマ文庫、648円)も、遠からず京アニによってアニメ化されることになるだろうか?

 というか、そもそもKAエスマ文庫が京都アニメーションによって刊行されているレーベルで、そこで募集した作品をアニメ化することによって、他に原作を募ってアニメ化するのとは違った利益を狙おうという意識を持って運営されている節がある。だから、この「無彩限のファントム・ワールド」が近々にアニメ化されても驚かないし、むしろ既定路線といったところになるのかもしれない。

 ただひとつ、言えることは過去の「中二病でも恋がしたい」や「境界の彼方」のアニメが、原作から大きく違った内容になっていたのとは違って、この「無彩限のファントム・ワールド」はそのままの設定、そのままのストーリーでアニメになっても、存分に通用するくらいのビジュアルでありストーリーを持っているという事実。高い完成度を誇る物語を読んでいると、個性的なキャラクターや呪文のような言葉を発して挑むバトルシーンのビジュアルが浮かんで脳内をはね回る。

 設定自体はそれほど難しいものではない。ウイルスでも発生したのかパンデミックが起こったのか、判然としないものの人間の脳機能が変化してしまい、ほとんどの人が今までは見えなかった幽霊とか妖怪といった存在を近くできるようになった。脳機能が柔軟な少年少女にそうした傾向が顕著に現れた様子で、中でもそうした存在に干渉できる特殊な能力を持った少年少女も出現。国ではそうした子供たちを集めて、人類に悪さをしたり生活を脅かしたりするような幽霊妖怪の類を退治させている。

 主人公で高校一年生の一条晴彦という少年も、そんな能力の持ち主として学校内に作られた「脳機能エラー対策室」の活動に参加することになったけれど、この能力がどことなく頼りない。スケッチブックに絵を描いて、その場に現れた妖怪なり怪物を吸収することができるし、スケッチブックに描いた悪魔とか異形の神とか召還をして戦わせることもできるのは他にはない能力。けれども、絵を描く必要があるから即座の対応が難しい。

 全体像が把握できないと絵にも描けなかったりするから途中、温泉に現れどっぷりとひたって動かない巨大な一つ眼の猿の絵も、下半身を描けないから対応できなかった。おまけに性格はエロ系で、一緒に活動している1つ年上で体術をメインに的を攻撃する川神舞の揺れる胸を見ようとしたり、振り上げた脚の奥にあるはずのパンツを見ようするから、いつも舞に叱られ蹴られ殴られている。

 それでも貴重な能力者ということもあって、舞のほかにファントムを食らうことができる和泉玲奈、そして歌うことによってファントムを焼き尽くす力を持った水無瀬小糸らとチームを組んで、さまざまなファントムを退治して回るうちに、だんだんと晴彦自体の能力も成長し、果てはスケッチブックに描かなくても空中に描いた“絵”から悪魔のような存在を召還できるようになった。

 ダメ系能力者の本当はすごかった能力を発揮させるまでの成長物語として読める上に、晴彦がそもそもどうしてそんな異能の持ち主だったのか、といったあたりへの興味も誘って、ファントムが跋扈する社会の裏で起こっている陰謀めいた出来事にも迫っていける。そんな課程では舞であり玲奈であり小糸といった異能の持ち主たちが、過去に感じた自分への周囲の拒否感もあらわになって、特別な力を持つことの誇らしさと難しといったものを奴も感じさせてくれる。

 設定の面では、どうしてファントムなる存在が異能の持ち主には見えるのか、といったあたりから、そもそも人間の脳はたまたま今のこうして現実と信じているものだけを認識しているというか、脳がそういう風に世界を感じさせているだけで、もしかしたら固まった世界なんてものはなく、曖昧な状態になっているんだけだといった指摘が成されていて興味深い。

 そして、異能の力を持った少年少女は、特殊な脳内の働きによってファントムという存在を知覚するのか、それとも作り出してしまうのか、はっきりしたことは分からないけれど、そう感じて戦い退けているだけなのかもしれない。まるで知覚しない人から見れば、見えない影を相手にパントマイムをしているかのように。その意味では、世界に対する自意識という面について踏み込んだSF的な設定を含んでいる物語だとも言えそうだ。

 クライマックスで戦う強大な相手が繰り出す、記憶を吸い取り存在そのものを失わせてしまう力もそんな、記憶や認識が世界を形作っているって可能性を示唆する。いろいろと考えたくなる物語。いったん片づいたものの、敵めいた存在はまだいそう。それらとの戦いを大きなストーリーとして自分を知ってもエロさは失わない晴彦が、デレはじめた舞や小糸や可愛い玲奈らを相手に繰り広げるドタバタ退魔劇を楽しんでいきたいもの。続いて欲しいし、アニメ化もされて欲しい。


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