ミスマルカ興国物語1

 莫迦のふりをしている天才と、天才のようでいて実は莫迦の見分け方というものが、果たしてあるかは悩ましいところであるけれども、自らを偽り、真の姿を隠しているように見える存在は、莫迦でしかないのに自分の天才を信じたい人間の心にも支えられて、いつの時代も大勢の興味を誘う。

 林トモアキの「ミスマルカ興国物語1」(角川スニーカー文庫)もだから、莫迦に見えて実は天才かもしれない主人公に惹かれ、ついつい読む手も早くなる。長い年月を王様によって平和理に統治されて来たミスマルカという王国に、新興ながらも強大な力を保持して世界制覇を狙うグランマーセルナ帝国の精鋭部隊が迫って来ているという話が勃発する。

 ここで国を挙げて敵を迎え撃つかと思いきや、王様は隣国へと助けを求めに兵士や家臣を引き連れ出立。残されたマヒロという名の王子が、王の代わりにリーダーとなって国を守るってことになったものの、このマヒロ王子が生まれながらの唐変木でお調子者。剣術は嫌いで馬術も苦手で勉強はさらにダメ。城を抜け出し城下を歩き回って遊ぶ様に近衛騎士のパリエルも、メイドに見えて戦闘能力は国1番という侍従隊士のエーデルワイスも手を焼いていた。

 一方で領民たちからは慕われていて、莫迦だ阿呆だと言われながらも王子のためなら一肌脱いでも良いという領民たちが城下にはあふれていて、そんな信頼が後の危機に大きく物を言う。石田三成の大軍を相手に戦い負けなかった武州忍城の攻防戦を映画いた和田竜「のぼうの城」で、ででくのぼうとあだ名されながらも領民から慕われた忍城城代、成田長親を思わせるマヒロのキャラクター。ただし知略よりも人柄が勝利の鍵をなった長親とは違い、マヒロ王子には外には見えない何かがあった。多分あった。

 相手はグランマーセルナ帝国でも屈指の強さを誇り、戦姫と呼ばれる第3皇女のルナス・ヴィクトーラ・マジスティア。武名鳴り響く姫だけに、マヒロ王子が守る城では負けも確実に見えたものの、そこは変人の名鳴り響かせているマヒロ王子。自分への信頼と王から頂いた権限で、領民にも兵士にも戦の準備などさせず城下から外へと追い出し、総力を結集しての真正面からの戦争を避けようとしたりする。

 何かを考えてのことなのか。別の魂胆があるのか。やはり何も考えていないのか。近衛騎士のパリエルもエーデルワイスにもマヒロの真意が分からない。ただひとつだけ、マヒロを守りたいという思いだけは共通し、独り城に残ってルナス姫を迎えようとしているマヒロ王子の元へと駆けつける。そこで繰り広げられた戦いとは?

 すべてが終わったあとで、お菓子をつまみ食いしたとメイドたちから簀巻きにされ、コンクリートの靴を履かされ河へと放り込まれる莫迦を演じるマヒロ王子が、実は天才だったのかそれとも愚直なだけの人物だったのかはやはり判断に迷うところ。最後まで天才ぶりをひけらかさない所が実は本当の天才さを示しているのか、それともやっぱり単純なのか。

 もっともクライマックスで見せた、強敵を相手に自信の命を本当に賭けて挑んだその態度だけは本物で、これが王族に生まれるという意味なのかと、その責務の重大さを改めて見せつけられる。正々堂々がモットーで、謀略の類が大嫌いなルナス姫が惹かれるのも道理、だろう。やや買いかぶりすぎの気がしないでもないけれど。

 いったんは引いたグランマーセナルが陣容を整え本格的な戦いを挑んで来た時が、戦力差では比較にならないミスマルカ王国にとって本当の危急。そこでマヒロ王子がどれだけの力を才能を見せ、パリエルやエーデルワイスが王子に振り回せないで持てる力を発揮し、堂々の勝負を挑んで来るだろうルナス姫を相手にどんな戦いを繰り広げては、王国を守り抜くのか。強大すぎるからと王によって封印された王族ならではの力に、未だ存在の見えない天才が合わさった時に、どれだけの名君が現れるのか。今から興味が尽きない。


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