便利屋みみちゃん1

 面白くって可愛くっていやらしくって楽しくって、愉快で豪快で爽快で痛快で、読めば読むほどに味がしみ出てジュワッと口中にひろがって、甘ったるさとちょっぴりの酸っぱさで不思議な気分に浸らせてくれる。

 それほどまでに素晴らしい漫画なのに、それほどまでのものを描ける人にちゃんと連載をさせていた出版社が、当時はぶんか社の「みこすり半劇場」だけだったとは、日本の漫画界も相当に見る目が弱っているのだろうか。それともこちらの見る目が古びて錆び付いてしまっているのか。

 吾妻ひでおの「便利屋みみちゃん1」(ぶんか社、590円)は、彼氏と同棲して同衾しまくりながらも、依頼されれば出かけていって、寿司も握ればチョークスリーパーも決めればひきこもりの少年を外にも連れ出せば何だってする便利屋の女の子が主人公。気弱だけれど頼まれると嫌とは言えない「すーぱーがーる」の対極にいそうなキャラクターだ。

 もっともその振る舞いは、超常的な力を持った「すーぱーがーる」以上の八面六臂ぶり。寿司ネタに生きたハムスターを軍艦巻きで握って出すわ、漫才師の相方になってつまらない下ネタを披露する相方の顔面に蹴りをいれるわとやり放題。突拍子もなく繰り出される不条理さにあふれた技の数々に、見舞われ脳天にツンとした笑いが突き抜ける。

 ぐひゃぐひゃって笑いにまみれることが出来る上に、描かれている女の子のキャラクターの可愛らしさも「便利屋みみちゃん」の大特徴。みみちゃんは言うに及ばず海から上がってきては彼氏と焼きそばを平らげ性行に励む幽霊の女の子も、傍若無人な注文を出す老人を支える嫁も、伊集院来人なんて名前ばかりなデブちん気味の野郎の横に寄り添う眼鏡の田中桃子ちゃんも、どれもこれも可愛く描かれていてどれを選んで良いのか正直迷う。選んだところで何もしてくれないけれど。

 後半から収録の「あづま童話」はさらに美少女キャラのオンパレード。百足退治を依頼する蛇の化身という冷めた眼をした女も、道に迷った森の少女も、山姥の面倒を見ていて牛飼いとねんごろになってしまうポニーテールの娘も、沼から現れスクール水着をまとった水の精も、どれもこれもが吾妻ひでおならではの愛らしさに溢れていて、どれを選ぼうかと迷わせ悩ませる。

 選べば待つは妖怪変化との同衾。何をされるか分からないけど、その見目麗しさには恐れなんて吹き飛んでしまう。だから何にもしてくれないって。漫画のキャラクターなんだから。

 ギャグの切れ味だってどれも抜群。山で出会ったさとるの化け物の美少女相手にローレンツ変換の公式をぶつけて混乱させ、落ちをどうすれば良いのか分からないくらいに下らない4コマ漫画のオチを考えさせた挙げ句、逃げ出したさとるの化け物の美少女を追い掛け家に乗り込んで、別のさらに下らない4コマ漫画のオチを考えさせるオチとか、読んで喉の奥からぐふぐふぐふって笑いがこみ上げて来て止まらなくなる。にまっと顔が歪んでしまう。

 「便利屋みみちゃん」の方だって、ちゃんとしっかりオチも描かれ読めばニヤリとすること請け負い。もっともこうしたギャグが今の漫画界あたりでは主流派ではなく、どこか傍流として受け止められてしまい、それが連載の少なさにつながってしまっている感もある。

 そんな現実を見せつけられた古手のファンは、「不条理日記」や「メチルメタフィジーク」や「パラレル狂室」で繰り広げられた、ギャグが爆裂しまくった挙げ句にクライマックスで炸裂する吾妻ひでお流の漫画をもはや、時代は求めていないのかもしれないという、寂寥感に苛まれて気を滅入らせる。「ふたりと5人」から30余年。吾妻ファンも歳をとったということか。

 「失踪日記」(イースト・プレス、1200円)も刊行されて、ベストセラーにしてロングセラーになっていた頃なのに、連載は少なくおまけに途中で原稿料も下げられた(後に上げられたが)とあとがき漫画にあって、漫画で食べていく難しさというものを感じさせられ涙を浮かべる漫画の描き手も多いだろう。これだけの才能の持ち主から「漫画家志望の人たちにはプロなんか目指さず別に仕事を持って同人誌かネットで好きなもの描くことをお勧めします」なんて言われてしまっては、若い人なら絶望感に苛まれて失踪のひとつもしてみたくなる。

 もっともそれだけの才能の持ち主だって、売れるかどうかを心配していて、どうなんでしょうかと聞いた編集の人から「大丈夫ですよ」「表紙をオレンジにすれば」なんて言われてしまうのが、今の漫画を取り巻く状況という奴だ。大ベストセラーになった「失踪日記」にあやかりたくなるのも、リスクを少なくしたい出版社としては当然なんだろう。

 それでも「ふたりと5人」に「やけくそ天使」に「陽射し」に「ななこSOS」で吾妻ワールドにどっぷりと浸って育った世代は別。その不条理さにあふれた展開を愛して愛して病み爛れた世代にとって、「便利屋みみちゃん」は「不条理日記」や「メチルメタフィジーク」の再来に等しい傑作だ。

 読んで悔いなく且つ眼にも嬉しい美少女キャラのオンパレード。「失踪日記」のベタさが合わない人でも、かつての吾妻的な世界を存分に楽しませてくれるはずだから、臆せず逃さず買って読んで、笑って泣いてこのキャラが現実にいれば良いのになあと悶えよう。


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