メイド喫茶ひろしま

 面白い。これは面白い。八田モンキーという名も存在も知らなかった作家が出した「メイド喫茶ひろしま」(ぽにきゃんBOOKS、620円)が、とてつもなく面白く、そしてとてつもなく元気になれる傑作だった。

 広島でCB400FOURを駆って暴れ回り、“赤ヘルの多麻”と呼ばれ恐れられていた滝本多麻という名の少女が、前々からの願望だったと広島から上京して池袋で喫茶店を開き経営していた祖父の銀一が倒れたと聞き、新幹線にも乗らず愛車のCB400FOURで池袋へとかけつける。

 心臓に加えて脳梗塞も併発して意識不明となった祖父を見舞った多麻は、これで店を閉めざるを得ないと言った祖母の言葉を押しとどめ、祖父が大切にしてきた店をなくすわけにはいかないと訴え、祖父に変わって店をきりもりすることになる。

 もっとも、喫茶店経営のことなんてまるで知らない多麻。そこに通りかかって、多麻が借金取りを叩き出した姿に鼻血を吹き出すほど昂奮したのが、遠山葉月という名の少女。多麻にどういう気分を抱いたか、是非に手助けをさせて欲しいと言い、副店長にしてもらって喫茶店の経営面を見ることになる。

 そして葉月が行ったのが、喫茶店が抱えていた借金を返すために高い利益をあげられるよう、店をメイド喫茶に変えてしまうこと。広島へと戻り知り合いの金融業者を訪ねて借り換え用の資金を集めていた多麻は、池袋に戻って店の様子を見て当然のように驚いた。

 けれどそこは明るく破天荒な性格だけに、自分が信じた葉月が良いと言うならと反対はせず、自分もメイド服を着て店に立っては、「お帰りなさいませご主人さま」とは言わず広島弁を使い放題で接客に当たったらなぜか大受け。キャベツがたっぷりの広島風お好み焼きも出して評判となって、どうにか店を軌道に乗せる。

 場所が場所だけにちょっかい出してくる大人もいたけれど、元が広島で大暴れしていた多麻だけあって、叩きのめして叩き出して万事快調、池袋きっての美貌を誇り、伝説のキャバ嬢と呼ばれながらも、実はワケアリな美濃川咲夜もメイド喫茶の仲間として迎え入れ、どうにかいけそうだと思われたところに巨大な壁が立ちふさがる。もっともそこは持ち前の行動力と、鍛えられた格闘の技で突っ走り、突き抜けていく。

 壁だの溝だのは関係ない。ヤクザの脅しにも屈しない。そんな強さで多麻や仲間たちがすべてを乗り越えていく痛快さがたまらない。一方で、メイド喫茶の経営に関する数字や、都会にありがちなヤクザの縄張りといったリアルなシチュエーションが抑えとなって、話が突拍子にならないところも読んでいて呆れを生まない。

 何より義理と人情、そして心の底からわき出る強い思いが、困難を乗り越えていく鍵になっているところが良い。疑わない。裏切らない。そんな日々の積み重ねだけが幸運をもたらすのだと物語から感じ取ろう。

 1巻と銘打ってある以上は、話はまだまだ続くのだろう。とりあえず池袋は抑えたようだけれど、東京にはまだまだ喧噪の地域がある。新宿に銀座に六本木、そしてメイド喫茶の牙城ともいえる秋葉原。そんな地域から多麻と「メイド喫茶ひろしま」を狙って侵略の魔の手が伸びることもあるだろう。

 2巻以降はそれを撃退するストーリーへと繋がっていくのかどうか。パワーでは多麻がいて、ワケありなだけに多麻に負けないパワフルさを誇る咲夜がいて、頭脳では葉月がいてあと誰だろう? もうひとり店員もいたけれど……大鈴稀星か、ちょっと影が薄いかな。そんなメンバーに新たな仲間が加わって、群がる敵をなぎ倒して「メイド喫茶ひろしま」を大繁盛させていくような痛快娯楽ストーリーが読めれば本望だ。

 願うなら祖父の銀一が復活しては、彼を敬愛する咲夜を喜ばしてあげたいもの。多麻も喜ぶだろうけど、銀一のためにと身を削ったのかはともかく、確実に身をふくらませた咲夜には深い思いがあるだろうから。とはいえ気になる。咲夜は削ったのだろうか。それともそのままなのだろうか。気になるなあ。


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