マヨ
〜某大手マヨネーズ会社社員の孫女騎士、異世界で≪密売王≫となる〜

 ゆで卵にも魚肉ソーセージにもマヨネーズはピッタリで、着けて食べればゆで卵は口中で卵サラダと化して至福の瞬間を文字通りに味わわせてくれるし、魚肉ソーセージもマヨネーズが着いたとたんに酸っぱさが奥まで染みて太さを気にせず次へ次へと囓らせる。たこ焼きお好み焼き焼きそばといったソースべったりの粉モン系に合うのも常識。それこそご飯にのせても甘酸っぱさがおかずなしでもご飯をモリモリとかき込ませる。

 だったらマヨネーズ単体でも飽きずに食べられるかというと、それは人それぞれといったところか。素材の味をグッと引き立てつつ酸っぱさでありなめらかな舌触りといったプラスアルファを与えることで成り立つ調味料を、それ単体でなめても美味しくはないという人もいれば、油と酢が完璧なまでに混ざり合って卵黄のまろやさかとともに舌を刺激する、最高の食品として称える人もいそう。

 どちらが正しいというよりも、それだけ奥深いものだということだろう、マヨネーズという存在は。ただこの世界ではすでにありふれたものとなっていて、そしてカロリーの高さもあって少しずつノンオイルドレッシングなどに推され気味なのも現実。いっそだったら異世界にマヨネーズの活路を見いだせば、大航海時代に香辛料が同じ重さの黄金と交換されていたくらいの賑わいを見せるのではないか?

 そんな考えを具現化してくれるのが、伊藤ヒロによる「マヨの王 〜某大手マヨネーズ会社社員の孫と女騎士、異世界で≪密売王≫となる〜」(ダッシュエックス文庫、630円)という物語だ。大手マヨネーズ会社で働いていた祖母を持つ家に生まれた弦木恭一郎という高校生の少年が、痴漢えん罪をかけられたと思って自殺を考え、それを止めようとしていた妹のふたば共々異世界へと飛ばされる。

 そこは魔法によって卵が自由に生えてくるようになった小さな領国。もっとも卵しか生えてこない上にそれを売ってもたいしたお金にはならないため、決して豊ではなかった。その領国で女騎士のカーラ・ルゥ・グレンセンと出会い、城へと連れていかれてまだ12歳の領主、シアーテルズ・アナ・アーテルズに謁見し、そこで少しばかり貧相な食事を豊に使用と祖母から受け継いだマヨネーズづくりの腕を披露する。

 ひと口食べたカーラ・ルゥは大声で叫んで狂喜乱舞の体を見せる。美味しかった。けれども姫には危険だからと食べさせず、そして調味料は専売であって作ること自体が禁じられていることを告げる。一方で姫が百合気質のある女大公の毒牙にかかろうとしていて、領国が貧しいままではいずれ召還も避けられないと分かっているカーラ・ルゥは、恭一郎の誘いに載ってマヨネーズを姫にも領民にも隠れて密造し、近隣の大都市へと出向いて売りさばいて稼ごうと画策する。

 異世界だからといって妥協せず、雑菌が入らないよう最新の注意をはらってマヨネーズ作りに挑む恭一郎は本当にマヨネーズを愛した祖母を尊敬しているといった感じ。カーラ・ルゥの協力もあって完成したマヨネーズは、見かけこそ幼女ながらもハーフエルフのため実はそれなりな年齢の第六天使という組織の首領を通して売られるようになり、これは安泰かと思ったら別口から作れないはずのマヨネーズが出回り始めて恭一郎たちを戸惑わせる。いったい誰が? どうやって? 探索の冒険が繰り広げられる。

 現代から持ち込まれた唯一無二のスキルを生かして異世界で無双する、といった設定へと転がりがちな中にあって、そんなスキルであっても文明を持った異世界で誰も真似ができないという訳ではないある種の現実を突きつけてくるところが本作のポイント。安易に俺TUEEEへと逃げない作者の矜持が見える。なおかつ、そうした平等の上に1段の強みを与えることによって、ギリギリの中を勝利していく面白さを醸し出す。

 恭一郎たちのマヨネーズは保って数日の自家製マヨネーズとは違っている。それはどうして? マヨネーズ会社で働いていた祖母から知識を教わって、マヨネーズづくりを知り尽くした恭一郎ならではの確信が分かって、そうだったのかと驚かされる。敵を退け見方を増やして恭一郎とカーラ・ルゥはマヨネーズの帝王へと大きな一歩を踏み出す。公序良俗に反し法律にすら逆らってのその行動は見つかれば死あるのみ。そんな状況をどう乗り越えていくのか、そして内に起こったある種のトラブルをどう収めていくのかが今後の注目となりそうだ。

 気になったのは、これだけの面白さを持った作品が、当初は出版社の依頼ではなくネットの小説投稿サイトで連載されていたこと。作者はすでに人気作品をいくつも持ったプロの作家でありながら、なおかつこれだけの面白さを持った作品でありながら、麻薬にも似たブツを密売して売りさばき、闇の世界でのし上がる展開は青少年の情操に宜しくないといった判断が働いたのかもしれない。

 とはいえ、黄金であれ香辛料であれ呂宋壺であれ、世界が刺激をもたらし興奮を与えてくれる品々に狂喜乱舞して手に入れようと奔走したのもひとつの真実。そこから逃げずに挑んで面白さによって出版社をねじ伏せ刊行へと至らせた作者の強靭な意志に敬意を表したい。ラストに現れたある人物が、舞台となった世界に何をもたらし、恭一郎たちをどう揺さぶるかが今は早く知りたい。


積ん読パラダイスへ戻る