真夜中猫王子1

 なぜ? なんて聞きません。たぶん聞いてもムダだと思います。というより聞いても「感性」とか「気分」とかいったところで説明されてしまって、万人が理解できる答えなんて出て来ないでしょう。それでいて万人が納得してしまうお話を作り上げてしまうところが、分かりやすい言葉でいえば「才能」なんじゃないでしょうか。

 いったい何の話をしているかというと、桑田乃梨子という漫画家さんの描いた「真夜中猫王子 1」(白泉社、390円)という漫画についての感想です。だいたいが「真夜中猫王子」なんて具合に、当たり前に使われている単語の寄せ集めなのにも関わらず、いった何の話なのかサッパリ分からないタイトルです。理屈より先に「感性」がイっちゃっていそうだと、これを見ただけでも気が付きそうです。

 でもって読み始めると、なぜ? なぜ? なぜ? といった感じに休む暇もなく不思議なシチュエーションが繰り出されて来て驚きます。まず冒頭。1ページの上下半分にわった2コマの上で男子が「…冗談だろ?」と言って、下で女子が「…冗談て…ちょっと」と青ざめています。おきまりの告白&失恋シーンですが、それが冒頭にドンと来て、それも前代未聞のコマ割りで来て目がひっくり返ります。

 続いて女子こと駒音澄ちゃんのこんな言葉。「…けっこう一応かなり大マジなんスけど…」。甘酸っぱいシーンにちょっとばかり不釣り合いな言葉遣いに「おや?」と思っていたら、続いてフられた女子が不思議な小さな猫の縫いぐるみを拾うシーンに行き当たって、いったいどういう繋がりなんだと悩みます。

 決して青春ラブストーリーではなさそうな、超然として呆然としたキャラクターたちの描き方ひとつとってもなぜ? なんですが、お話しはそれどころではありません。澄が拾った縫いぐるみが、夜中になって突然生きた猫になって動き出すのです。それでもってその縫いぐるみが、首筋からジッパーを下ろして頭部分を後ろに下げて、小さいけれども人間の顔を出すのです。実は猫は着ぐるみだったのです。

 聞くとその猫、というか着ぐるみに入った人間は、別の世界にある国の王子様で、家臣のクーデータによって魔法をかけられ猫に変えられ人間の住んでいる世界へと送り込まれたそうです。でもって昼間は小さい縫いぐるみの形を取っていて動くことはできず、夜になってはじめて猫として動けるようになるのです。

 猫に変えられた王子だったらよくありそうな展開です。けれども猫が実は着ぐるみ。ジッパーでフードを開けると飛び出す人間の顔。さすがにこれは初対面です。だから聞きたくなるのも当然です。なぜ? そこで「人間に内在する獣性は猫に例えられる」とかいった、論理的に見せかけた答えがかえって来たらどうせしょう。安心はできます。でも、やっぱりあんまりしっくりきません。面白くもありません。「感性です」。「その方が面白そうじゃない?」。こんな答えの方が驚くけれど納得できます。

 猫の着ぐるみの王子には仲間がいて、やっぱりいっしょにこの世界に送り込まれていたそうです。お話しの方はそんな仲間たちがひとり、またひとりと王子様の元へと参集していく展開で進みます。とだけ聞くとこれもまたありがちですが、縫いぐるみとして拾われてしまった1人を救い出すために、持ち主に贈るプレゼントが「宇宙戦艦ヤマト」のポスターだったり、「ヤマト」の乗組員の真田さんが来ている青の矢印の衣装をモチーフにしたメモ帳だったりする場面には、やっぱりなぜヤマト? と思います。思って当然です。

 澄をフった男子こと日向に、澄の女友達が問答無用なグーパンチを見舞うシチュエーションもなぜ? でしょう。王子様の家臣でやっぱり着ぐるみ猫になっていた王子の教育役の人が、自分を助けてくれた女性に淡い気持ちを抱く、その回想シーンに現れる女性の涙が実は小指をタンスの角にぶつけられたことによって発生していた、という説明の脱力ぶりもやっぱりなぜ? です。なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?

 確かに疑問です。けれども答えはいりません。不思議で不条理なシチュエーションそのものが、実はこの漫画の魅力のひとつになっているからです。絵が滅茶苦茶に巧い訳でもありません。派手な展開がある訳でもありません。ドタバタでもなくエキセントリックでもなく、まったりとした中にちょっとづつ不思議なシチュエーションとかセリフとかを積み重ねて奇妙な世界を描き出し、ムグムグと笑いを誘う、それでいてしっかりと「ふつう」であることの幸せさ、優しくすることの素晴らしさを感じさせてくれる、この展開が実に心地良いのです。

 とりあえず1巻収録の最後のエピソードで、”無力戦隊ネコネコ5(オプション付き)”も勢揃いして、もしかすると「異世界ファンタジー」なんて可能性もないでもありません。だからといってまったりした展開は変わらず続いて、読む人をほこほことした気分にさせてくれるでしょう。あきらめが肝心という、目立たないけど実は1番不思議なタイトルロールの真価も実はまだ発揮されていません。どんな味を出してくれるのでしょう。でもって理不尽さをひとりで背負う澄の労苦は今後どこまで増えるのでしょう。お楽しみはまだまだ続きそうです。


積ん読パラダイスへ戻る