マルゴの調停人

 言い合う2人のどちらが正しく、どちらが間違っているかを判断する時。それぞれに立場があって目的があって理由があって信念があって、それらにのっとり自らを正いと信じて訴える2人を、供に納得させるのは難しい。

 どうするか。人間界では法律というものが作られ、裁判というシステムが導入されて、それらを基準に判断され、審判されてどちらがより正しいのかが決められる。和解のように話し合いで解決する場合もあるし、言い合いが平行線を辿って和解ができなければ、裁判へと進んで強制的にどちらの言い分により正しさの分量を傾けるかを決定する。

 これでとりあえず場は収められるのが人間界。対して妖怪変化の世界となると、どんなルールで異なる言い分を持った2人、というより2つの存在の正誤を判断すれば良いのか。収まればそれで良い。けれどもしこりが残れば人間など及ばない力がぶつかり合って事態はいっそう、悪化する。

 ならばと求められたのが、強力無比な闇の力を持って衝突寸前でにらみ合う存在の間に立って、公明正大に裁いてみせる調停人の存在。第4回C・NOVELS大賞で特別賞を受賞した木下祥の「マルゴの調停人」(中央公論新社、900円)には、そんな調停人が新たに1人、誕生するまでが描かれる。

 彼女から夢のない、つまらない人間だと言われて落ち込んだ気持ちを引きずりながら、アルゼンチンに単身赴任している父親に会いに行った高校生の西村賢斗。飛行機の中で有名バイオリニストの息子という少年・イサこと八束勲と知り合い、会話が弾んで仲良くなって、そして到着したアルゼンチンのブエノスアイレスで別れてすぐのこと。

 息子がはるばる訪ねて来たのに、仕事に忙しい父親の目を離れるようにブエノスアイレスの街を散策していた賢斗は、ギャングに絡まれさらわれそうになったイサを見つけ、助けようとする。ところがイサが、ギャングの1人を事故のように見えながらも、結果として殺してしまったから大変。いきり立ったギャングたちに2人とも拉致されてしまった。

 ブエノスアイレスでのイサの保護者による説明を受けたボスの説得にも応じず、復讐のために拉致したイサと賢斗を殺害しようとしたギャングたち。そこに現れた謎の生き物たちが、ギャングを食べてしまったから賢斗は驚いた。

 いったいイサは何者だ? 実は吸血鬼の血が4分の1入ったクオーターで、佐々木という謎めいた男の庇護のもとにあった。そして佐々木は助けた賢斗に、あなたは妖怪変化たち、すなわち被造物(クレアトゥーラ)たちの諍いを収める調停人たる能力があると告げられる。

 仲間にならないかと誘われる賢斗。もっとも父親がギャングに襲われ、奪われた宝石がクレアトゥーラたちの儀式に使われていたことを知り、襲わせたのが佐々木やイサたちだったのではという疑いを賢斗は抱く。人を殺すことを厭わないクレアトゥーラやイサや佐々木たちの態度にも疑問を覚えて、賢斗は足を踏み出さないまま逡巡する。

 その一方で、つまらないと彼女に言われるくらいに日々を惰性で生きてきた自分は、本当はいったい何がしたいのか、何が出来るのかを悩む。将来への悩みや自分への不信にに迷う心に浮かんできた、佐々木たちから調停人としての能力を認められたことを喜ぶ心。隠されているかもしれない能力への憧憬という、これぞ思春期といった若者たちの迷い悩みながらも突き進むストーリーが、青春物とは違ったシチュエーションで繰り広げられる。

 逡巡の果てに調停人として踏み出す覚悟を決めた賢斗。佐々木が認めた能力を、佐々木にも意外に映った方法で発揮しては、クレアトゥーラたちの間だけでなく、人間も巻き込んでもつれにもつれたた場を取りなし、解決へと導く。

 そんな物語が、正義の決して単純でも一面的でもないことや、合理性では割り切れない人間の心理の複雑さ、それらをぜんぶひっくるめて誰もが納得できる答えを出す難しさと素晴らしさを教えてくれる。

 相変わらず人間とは違った規範で動いているイサや、佐々木や、クレアトゥーラへの疑念は抱いたままながら、それでもいっしょに歩むことでつかむだろう自分への自信が、読む人にも、生きる前向きさを与えてくれそうだ。

 アルゼンチンのブエノスアイレスという、こうしたジャンルの物語には珍しい舞台を選ぶセンスと、異能バトルとも退魔物とも似て異なるストーリーを描ける作家が、今後に紡ぐだろう展開に期待。賢斗が繰り出す調停の様に、もつれ果てた現代を正しく生きる知恵を学べればなお素晴らしい。


積ん読パラダイスへ戻る