よろず電脳調査局ページ11
真夏のホーリーナイト

 10年も経っていないのに既に懐かしさが漂ってしまう状況は、小説がまるで消費財のごとく使い捨てられ読み流されていってしまう現代においていたしかたないことなんだろうか、それともやっぱり忸怩たるべきことなんだろうか。「ミルキーピア物語」シリーズ最新作と実は呼びたい東野司の「よろず電脳調査局ページ11」シリーズ開幕作、「真夏のホーリーナイト」(徳間書店、790円)を読みながら頭をあれこれめぐらせる。

 シリーズ作品として90年代初頭にかけて「ミルキーピア物語」を今、新刊書店の店頭で見かけることはほとんどない。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」登場後、日本にも起こった電脳物のムーブメントの中で生まれた例えば内田美奈子の「BOOM TOWN」(竹書房、各880円)、あるいは柾悟郎の「ヴィーナスシティ」と並び、国産の電脳ダイブ物の先駆けにして代表作だと行って過言ではない「ミルキーピア物語」シリーズを、人に気軽に薦められないのは正直悔しい。

 なにしろ一昨年に刊行された本でも手に入らない状況だ。同じ早川文庫でも、80年代半ばの段階ですら多くを新刊で入手できたことと比べると、昨今の本の生まれて消えるサイクルは異常に早いような気がしてならない。書店の事情、出版社の事情など理由はいろいろあるのだろうけれど、やっぱり残念というよりほかにない。どこで間違ってしまったのか。何が間違っているのか。考える時期にそろそろ来ている。

 「真夏のホーリーナイト」が2年後に書店に並んでいるという保証もない。今こうして新刊として存在しているうちに、読んでおくのが正解なのかもしれない。内容自体は、「ミルキーピア物語」や、今も続いているらしい「電脳祈祷師 美帆(邪雷顕現)」(学習研究社、780円)で持ち前のコンピューターに関する知識や取材力を発揮してくれた東野の本領発揮ともいえる、手軽で気軽で楽しくそれでいて深い小説に仕上がっている。加えて「ミルキーピア物語」シリーズとの登場人物の重なりもあって、前からのファンならにまにましながら楽しめる。

 もちろんこれが初読の人でも、「伝説のネット潜り名人」なる片山秀人なる人物がいて、同僚の夏鳴琳がいて、ネット内キャラクターとして活躍する女言葉を喋る筋肉野郎のアーノルドがいてってな歴史的事実だけを認識しておけば、無理なく作品へと入っていける。片山が誰なのか気になったのなら、古書店を探してみよう、としか言えないのもまた心苦しい話ではあるが。

 あらゆる機械がネットワークで繋がるようになった近未来。ガシャポンを販売する自動販売機にすら人工知能的なものが搭載されるようになったからなのか、自販機が突然失踪する事件が起こり始めた。盗まれたのではなく失踪。国から委託を受けて電脳絡みの事件調査を専門に扱う組織の1つ、よろず電脳調査局「ページ11」に所属する大空藤丸が調べた結果、自販機は自動走行装置を使って移動し、交差点でフッツリとその行方を断っていた。

 機を同じくして街では公共施設を中心にネットワークの異常が多発して大混乱に陥っていた。社員の多くが公共性の高い、ひいては目立つそちらの仕事に投入される中、1人藤丸だけが当初はチンケを思われていた自販機失踪事件に駆り出されて落ち込んでいた。が、失踪した自販機の会話データを調べるうちに、事件は公共システムの異常事件とクロスするようになり、問題はより大きなものとなって「ページ11」を悩ませる。行き詰まった「ページ11」たちは解決の糸口を求め、伝説のネット潜り名人から助言を得るためソフト会社「ミルキーピア」を尋ねたのだった。

 藤丸たちの調査と平行して、物語は借金のかたに父親が神主を務めていた神社をとられ父親も失踪してしまい、つきあっていた男性は彼女にプレゼントを届けようとしてバイク事故で死亡し、まさに天涯孤独の身の上となってしまった少女・かえでが、ネットだけを頼りに生きていこうとするエピソードが繰り広げられる。やがて明らかになっていく自販機失踪、公共システム混乱事件とかえでの存在が交差して、執念にも似た哀しい真実が浮かび上がって来る。

 テクニカルライターとしてコンピュータ関連の技術や製品を取材している東野だけあって、サングラスに似たリキッドグラス型の情報端末といい、ネットワーク化された世界だからこそ起こりうる事件といい、近未来に訪れそうな世界の姿を見せてくれていて為になる。また、電脳内に誕生した残留思念めいた存在がとりあえずの望みをかなえた時点で善へと昇華されるだろうものを、決してハッピーエンドには向かわせず、残酷な現実を見せつけて胸に痛みを感じさせるあたりに、東野の作家としての凄みを見る。

 ロボットが手にバネを乗せて見せてくれた場面で滲んだ感動の涙が乾かないうちに繰り広げられる、現実的にはそうなるしかない展開は正直言って辛い。けれども辛さを乗り越えてこそ得られる感動があることもまた事実で、死んでしまった存在ではなく、染み着いてしまった残留思念でもなく、物語の中で現実に生きている少女が気持ちに整理を付け、快復への道を選んで進んでいくエンディングが見せる開けたビジョンが、現実の中で現実に生きている読者に前へと進む勇気を与えてくれる。新世紀の訪れを告げる秀作SFの開幕編。読んであなたも得よう、勇気を。


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