魔女を忘れてる

 女子高生の人妻が、不条理な出来事の連続に科学的な決着を示してみせつつ、食後のビールを楽しみにするラブでコメディでSFというシリーズが人気の作家。となればやはり明るく楽しいストーリーかと思い手に取ると、相当に打ちのめされるから注意が必要。けれども続いて浮かぶ幼い無謀さへの嘆息や、家族というものの持つ重さを感じさせて、新たな作家の魅力を感じられるようになるのも確かだろう。

 ティーン向けの文庫レーベルで知られる富士見書房が、ミステリーのニュアンスを含んだ一般文芸のレーベルとして立ち上げた「Style−F」の1冊で、「食卓にビールを」のシリーズで知られる小林めぐみの「魔女を忘れてる」(富士見書房、1700円)。小学生くらいの子供たち6人が、かつて山へと遊びに行った時に出会い捕まってしまった魔女ばあさん。数年が経ち、記憶では魔女の所から魔女の腕を切り落として逃げ出したものの、仲間の1人が魔女に捕まったままになり、奪還しに行ったその少年の母親によって魔女は刺され、灰になってしまった記憶が今も強く残っていた。

 中世のファンタジーならいざ知らず、現実の世界において魔女が灰になるなんてことはありえない。どういうことかと戸惑いながらも目撃したという記憶を拠り所にして、当時からは成長した少年や少女たちは今もそう確信している。そんな前提を持って物語はスタートし、にわかに街で起こり始めた殺人事件の裏で、かつて腕を切り落とした魔女が復活して、いつかの復讐をしようと企んでいるとう話が浮かび上がって、生還した少年や少女たちを怯えさせる。

 あろうことか中の1人は、魔女の心臓を探してつぶそうとして捕まってしまい、4人目の連続殺人の犠牲者となってしまう。実感として身に迫ってきた恐怖が、かつて魔女の所から逃げ出した子供たちに降りかかる。一方で子供たちとは離れた大人たちのコミュニティでは、魔女がいた当時に街で流行した健康に良いというキノコを使ったマルチ取引と、その破綻による感情のもつれが蘇って来て、住民たちの心をささくれ立たせる。

 魔女とは単にそうしたマルチ取引の輪の中にいた人で、支障があって排除されたというだけの話。オカルト的な要素とは無関係だといった印象をいったんは抱かせる。もっとも生還した少年や少女の周りで怪しげな少女が跋扈し、奇妙な出来事が頻出することもあって、やはり魔女の呪いが実在しているのかもしれないと思わせ、じりじりとした恐怖を感じさせる。

 どこからどこまでを事実を受け止め、どこからどこまでは空想の産物と見るべきかのか。リアルとバーチャルが混然と溶け合った物語に幻惑されるけれど、そんな話に芯として通っているのが子供の親への様々な感情、そして親の子に対する様々な感情の複雑さだ。

 愛しているようで時に激しく憎んで子を虐待をする親がいて、そんな親を恐ろしく思い憎く思いながらも愛して欲しいと願う子がいる。子供を育てる義務なんてないと虐待の果てに捨てたはずなのに、自分が弱くなると途端に子にすがる身勝手な親もいれば、親なんて殺してやりたいと憎んでいたはずなのに、気が付くと老いさらばえたその姿に哀れみを覚える子がいる。

 人間として生を受けたからには、絶対に切り離せない親との関係。あるいは家族との関係というものを幻惑的な物語の中に混ぜ入れ、煮詰めては酸っぱい臭いとともに読む者に嗅がせて考えさせる。それがこの「魔女を忘れてる」という物語だ。

 ミステリーに欠かせない明快な解決編がない点が、合理的な終幕を経てカタルシスを求めたい身には不満を与えそうだけれど、残された者たちがこれからも憎悪と情愛の揺れ動く狭間で親と、子と対峙していかなくてはならない運命を改めて突きつけられる展開は、安易なカタルシスよりも大切な、生きる覚悟というものを教えてくれる。

 与えられた新しい器の中で、作家としての幅を示した小林めぐみに、次はどんな器が用意され、そこでどんな料理を見せてくれるのか。片手のジョッキからビールを嗜みつつ、血の滴る生肉のような物語を楽しませてくれる時が、また来ると信じて待とう。


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