MAGIC

 大きな胸は確かに強力な「女の武器」だが、小さな胸も同じく強力な「武器」になるとは、清水玲子の「MAGIC」(白泉社、400円)を読むまで知らなかった。もっとも欲望に飢えた男どもに対する「女」の「武器」ではなく、親愛の情がこもった眼差しに対する「武器」ということになるようだが。

 「MAGIC」で小さな胸を「武器」として使ったのは、「花七(かな)」と呼ばれる1人の少女。トップモデルとして全宇宙にその名が知れ渡っていた女性「KANA(カナ)」が、遠く「こと座の辺境惑星」から20光年先に位置する「惑星サシャ」で遭難した3年後、ただ1人無事で発見された「KANA」の娘が「花七」だった。

 17歳離れた親戚の「遠留(トール)」によって育てられてた花七は、「KANA」の後を嗣ぐモデルとして、かつて3年を過ごした「惑星サシャ」に再び降り立つ。類希なる美貌と豊満な肉体で全宇宙を魅了した「KANA」とは違って、まだ15歳の「花七」は、まだ少年のような体つきをしていた。

 未だに「KANA」との思い出を忘れられない「遠留」は、「KANA」の写真集を今回の撮影旅行の間も持ち歩き、宇宙船のベッドサイドに置いている。「遠留」に惹かれる「花七」は、母親「KANA」の写真集を見つけて、その中の「KANA」と同じポーズをとってみるが、哀しいから胸がない。洗濯板もかくありき、オロシ金もさもありなんという胸板では、いくら腕を組んでも「胸のしわ」((C)いしかわじゅん)すら出来ない。

 「遠流」は「花七」に女性としての魅力を感じていないのか、あるいは「保護者」としての矜持があるからなのか、それとももっと別の理由があるからなのか、「遠留」は頑なに「花七」の誘いかけを断り、また「花七」の安全を守ろうと頑張る。

 閉じこめられた「惑星サシャ」で、遭難したまま生きているかもしれない人間を捜しに行こうと決まった時、一緒に行きたいと駄々をこねる「花七」を、はじめ「遠留」は押さえようとする。しかし、行かせないなら脱いでオロシ金のような胸を満天下にさらすと言って脅す「花七」に、保護者としての「責任」を感じて認めてしまう。小さな胸が強力無比な「武器」となって、2人を「惑星サシャ」の未踏の大地へと降り立たせ、そこで暮らす猿人の存在に気づかせ、やがて「惑星サシャ」の秘密へと至らしめる。

 「禁断のSFロマンス」と銘打たれているように、小さな胸が「武器」になったその理由が、2人の男女の間い存在する越えられない1線であることには間違いがない。それでもつかの間の愛を見いだした2人を、「MAGIC」はそのタイトルどおりに、最後の最後で強力な「魔法(MAGIC)」を発揮して、さらに大きく2人を引き裂く。

 「惑星サシャ」に行かなければ引き裂かれることのなかった2人。けれども「惑星サシャ」に行って初めて触れ合うことを許された2人。輝く石が周囲に結晶を作って自分を保護し、永遠の輝きを保ち続けている宝石「水の中の月」は、結晶を割って中の石に触れたら最後、その輝きを永遠に失ってしまう。

 そんな輝く宝石にも似た「KANA」に触れて、「遠留」は「KANA」を失ってしまったが、過ちを積み重ねた今、再び手元に戻って来た「水の中の月」に、彼は再び触れることができるのだろうか。清水玲子は話の中でその可能性を試そうとはしなかったが、ちょっとばかり毛深くなるリスクを追えば、あるいは「遠流」はその手に「水の中の月」を抱きしめることができるかもしれない。

 カップリングの「サイレント」は、暴力団を次々と襲う学生服姿の高校生が主人公。SF的な設定の多い清水玲子には珍しく、日常的な設定の中に日常的な人物が登場する作品だが、涼しい顔をして拳銃を発射する高校生の姿はやはり非日常的な光景で、コミカルな描写を抑えて淡々と描けば、北野武の映画にも似た静かな暴力に満ちた作品に仕上がったかもしれない。

 犯罪に手を染める高校生をスクーターで追いかける自称「ミーハー女」の情熱が、そんな静かな世界を一気に活気有るものにしているが、やがてすべてが明かとなり、非日常から日常へと戻った高校生を虚無感から救い上げる役割を、その「ミーハー女」の情熱が担っていることを考えると、決して作品を壊す邪魔な存在ではないことが解る。

 巻を重ねるに従って整合性を失いつつある「輝夜姫」が、どのような展開になって行くのかも気になるが(まだ終わっていないんだよね?)、濃密な世界を統一感のなかに創造できる中編や短編の仕事を、清水玲子にはこれからも手がけていってもらいたい。オロシ金のような胸の女性の出演もお忘れなく。あれは趣味さえ合えば「遠留」以外の男にも通じる強力無比な「女の武器」だから。ね。


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