不死鬼譚きゅうこん


 中身は相当な年寄りながらも、見かけは歳若そうな美少女が、ニート青年を諭し叱咤しては導くという、ライトノベルなら定番とも言えるストーリーを繰り広げながらも、仙人という存在の安易にはなれない奥深さを教えてくれた「僕僕先生」(新潮社)の仁木英之が、あろうことかライトノベルのレーベルから、それもビジュアルアーツが募集して受賞作がライトノベルとして刊行されるという「第1回キネティックノベル大賞」という賞に応募し受賞までして本を出した。

 そのタイトルは「不死鬼譚きゅうこん 千年少女」(GA文庫、600円)。これまでの「僕僕先生」シリーズに含まれていた、相当な歳ながらも見かけは少女なり幼女という、いわゆる“ロリバアバ”への関心を引きずったかのうような設定があって、そして今度はライトノベルという枠組みで、文学だ哲学だといった細かいことなどお構いなしに、幼女で老女への愛をたっぷりを描きたいんだという思いが詰まった作品だろうと、誰だって想像したくなる。

 おまけに表紙はキャピっとした美少女たちが絡み合い、そして口絵ではすっぽんぽんになりかけた美少女がてろりと媚びなんか売っていいたりするる。他にも美少女が出てきたりする展開から、これは妖異に幼なじみに下級生がくんずほぐれつしてひとりの少年を奪い合う、ハーレム物の一種かもと思ったらとんでもなかった。そしてとてつもなかった。

 それは数千年を超えて続く猟奇と異形の伝奇ホラー。ダム湖へとひとりで自転車で乗り付け、背負ったカヤックを組み立て湖面に浮かべて乗るのが好きな少年が、湖面をわたっている途中でふと見た岸辺にあったのは整備された畑。近寄ると何故か地中に引きずり込まれそうになって、そこに現れた不思議な少女にかろうじて助けられ、何故かまた来るようにと命令される。

 普通だったらそこで一体何だろうか、少女は自分に興味があるのだろうかと思い深く考えないで通い始めるところを五島基樹という名の少年は、鬱陶しいし胡散臭いといった感情をまず走らせ、折原茉樹という名の幼なじみの少女が仕切る新聞部の活動にしばしのめり込む。そしてダムの畑に迷い込んだ日を境に崩れた体調を不思議に思いながら迎えた週末。やはり行ってみるかと訪れたダムの側にある畑で美月という名の少女と再会して、どうやら自分に不思議なことが起きていると知る。

 そして茉樹ではなく、吉岡楓という名の下級生から告白されて基樹が喜んでいたのもつかの間、夜に出た街で茉樹がどこか得体の知れない存在となって、人間を相手に暴威をふるっている姿を見かける。あれはいった何なんだ? そして自分に植えられたという「きゅうこん」の正体は? 過去から営々と伝わる伝説も浮かび上がって、どうやら自分が暮らす一帯には、人の心を吸って育った怨みの花を喰らう存在がいるということが、基樹にだんだんと分かってくる。

 そしてその正体こそが……といったところで茉樹や美月の存在に不穏が混じり、彼女になった楓との関係に危機が迫って、そして激しくも血みどろのバトルが始まる。これのどこがいったいハーレムだ? キャピキャピの青春ストーリーだ? もうホラー。あるいは伝奇ミステリー。そこに可愛らしいイラストが重なるものだから、読んでいて微妙なバランス具合にグラグラと目眩がしてくる。

 そういうミスディレクション的な作為もまた、ライトノベルの何でもありならではの世界とも言えそう。読んでどこに連れて行かれるのかと思い、こんなところに引っ張り込まれたと驚いてみるのも良いだろう。基樹もライトノベルにありがちなヒーローとは違って、決断力がなく責任感にも乏しく自己中心的。そこがライトノベル的なパターンにはまらない、リアルな人間を描いてきた小説家としての仁木英之のカラーなのかもしれない。

 この続きを書くのか、それとも別のシリーズに移るのかは分からないけれども、受賞という看板を背負った“新人”作家を1作で手放すほどライトノベルのレーベルは甘くない。GA文庫にあって仁木英之ならではの独自性が存分に発揮された作品を、描き継いでいってくれることだろう。何しろクトゥルーを萌え化させて平気どころか、それを大ヒット作に仕立て上げたレーベルだ。何が飛び出すか、それとも何かが爆発するか。楽しみに待ちたい。


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