黒闇天女にご用心
ビンボー神は女子高生!?

 生態学の抱負な知識をベースにしたハードな世界設定の上で、ワシャワシャとはいずり回ってはその強靱な生命力で人間たちを脅かす虫たちの凄まじさを描き、そんな過酷な世界に生きる人たちのひたむきさ、前向きさを描いた「BIOME 深緑の魔女」と「クロスオーバー 純白の蟲鎧」が評判を取っただけに、伊東京一が次に描く世界もまた、同じ様なもだろうと誰もが思っていただろう。

 だが、その最新作「黒闇天女にご用心 ビンボー神は女子高生!?」(エンターブレイン、640円)は、過去の2作でとったマニア筋の評判に媚びず諂わず阿らず、より広い層へとアピールする作品になっていた。書店の店頭で表紙を見て驚き、裏側に書かれたあらすじを知って、一体どうしてしまったのかと驚く人の多かっただろうことは想像にまるで難くない。

 高天原で悪さをしたのを天照に咎められ、地上へと落とされた貧乏神こと黒闇天女が、女子高生へと姿を変えて高天原へと帰るために、必要な徳点を稼ごうと善行を積むべく大活躍をするという、聞けばどこかで読んだことのありそうな設定の「黒闇天女にご用心」。そこには鬱蒼としげった森のざわめきも蠢く虫たちの放つ刺激臭もなく、開けばただただ美少女たちの甘い香りが漂って来そうな印象を受ける。

 表紙絵からして美少女がそこそこに盛り上がった胸を前へとせり出させて微笑む後ろに、同様の美少女が2人配置されたデザイン。過去の2作に引かれた目には、あとがきの中で作者自身が自分を指して言ったように、「魂売り渡した」「ポリシーの欠片もない奴」だと映って、いったいどういうことだと問い詰めたくもなっただろう。

 だがそこは伊東京一、さすがなもので”萌え”の一言で集約できるようなあざとくもありきたりの作品にはなっていない。まずは貧乏神とはそもそも人に善をなさない存在で、なのに善いことをしなければ徳点が得られないという矛盾が、最初から設けられている点が興味深い。同じく地上へと追いやられて、黒闇天女と徳点獲得競争をしているのが天探女こと天邪気。これも決して人間に幸福を振りまく存在ではなく、2人してどうやって人に善行を成しているのかが気にかかる。

 普段の生活ぶりに関する描写がまた面白い。善行を成して徳点以前に生活費を稼ぐことすら難しいのがこの2神。とりわけ貧乏神の黒神宮美はバイトする先がその属性もあってことごとく貧乏になって、果ては潰れてしまうことになるため、普通のバイト先では勤まらない。お目付役の大黒天の伝を頼って、神社に納めるお札を作る内職と、神社の軒先を借りて辻占いをするのが関の山。これでは生活費を稼ぐことすらままなない。

 かくして哀れにも黒神宮美は、学校では悩み事相談をした代わり受け取ったパンとポッキーを売って食費の足しにしようとして果たせず、そいつを食べて胃袋を満す日々。倍塗料が入って食べる最高のごちそうというのが、チキンラーメンに卵とおにぎりを混ぜて15分間置き、最大限までふやけさせたものというからもう笑うしかない。一体どんな味になるのかと、コンビニで材料を揃えて試してみたい気にかられる。

 お話の方はと言えば、そんな黒神宮美が通っている先で起こった、生徒たちが突然湿疹をぶつぶつと出しては倒れていく事件に挑む、といった内容。男子をめぐって女子たちが虐め虐めらていたりした関係が浮かび上がり、そんな最中でも人を想う純粋な気持ちを抱き続ける人がいたことが分かり、現代ならではのテクノロジーを使った新しい祟りの形が描かれる。そしてその先に、神様と人間との時と共に代わり移ろう微妙な関係が描き そして出され、そのまま人から決して慕われることのない黒闇天女の存在意義にも深く関わって来て、深く考えさせられる。

 読み終えればさわやかなハッピーエンドの物語で、なおかつ人を想う気持ちの尊さについて教えられる物語。過去の2作とはカラーこそ違え、深さとそして物語を紡ぐ作者の力を感じさせられる。途中、大黒天が経営する骨董品屋の場面で出てきた妖刀のエピソードが、後で物語の大事な所に絡んで来るといった伏線の張り方も巧い。

 貧乏神に天邪鬼が暮らすアパートに住む、伊集院徹という得体の知れない人間のお騒がせ役以上の意味が見えないこと、そしてその伊集院によって感動的かと思ったエンディングが強引に次へと引っ張られていたりする辺りに、違和感も覚えないこともないものの、これもシリーズ化は確実という僥倖の現れと取れば納得もできる。設定の面白さ、キャラクターの楽しさ、物語の確かさ、そして得られるメッセージの素晴らしさに、期待を持ってシリーズの続刊、続々刊を待とう。


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