AHEADシリーズ
終わりのクロニクル1 【上】

 川上稔の新シリーズの劈頭を飾る「終わりのクロニクル1 上」(電撃文庫、670円)は、「1」とついている上に「上」とまであるタイトルが、とてつもないシリーズへと発展して行きそうな予感を覚えさせるけど、中身の方もタイトル以上に壮大な世界を予見させて、どんな物語を見せてくれるのかとはや、期待に胸躍らされる。

 何しろ10種類があったという異次元をすべてうち滅ぼし、唯一生き残った主人公たちの暮らす宇宙が、さらなるピンチに見舞われている、という基本設定。加えてこれまでに滅ぼした10種類あった世界のうちの大半を、残った宇宙の人々が説得していかなければならないという展開で、それをひとつひとつこなしていくだけで、何巻、何10巻と発展していっても不思議はない。

 こうなると気になるのは、長さを予見させる設定が時に冗長さを招くかもしれないという点だけど、この「終わりのクロニクル」に関して言えばどうやら心配は無用。平凡だった日常から一転、引きずり込まれて多次元から成る世界のあり様を知った少年が、生来の性格かあるいは家族の仕込みが良かったからか、冷静沈着に状況を判断し唐突なSF的シチュエーションを納得した上で、むしろ「待ってました、これで本気が出せますよ」とピンチに身を積極的に投じる展開と、立ちまくりっているキャラクターのインパクト抜群な存在感が、読む手を休めさせずにぐいぐいと物語へと読む人を引きずり込んで離さない。

 佐山・御言は尊秋多学院に通う高校生。祖父がその筋では有名だった総会屋で、日本の政財界に暗然とした影響力を持っていたものの先だって他界し、佐山は祖父から遺産を引き継ぐことになった。その遺産というものがいささか奇妙で、何かの権利らしかったものの明言はされておらず、佐山は権利を受け継ぐかどうかを決める手続きのため、奥多摩にあるIAI総合施設まで出向くことを求められる。

 IAIとは以前は出雲航空技研と呼ばれていた企業で、軍需も含めたさまざまな製品を送りだしてはその技術と財力で、巨大な影響力を日本に対して及ぼしている、らしい。そんな企業に呼び出され、電車に乗って向かった佐山だったが、途中、事故か何かで止まった電車のなかで出会ったスーツ姿の白髪の男性と、黒服を着たやはり白髪の少女との会話をひとつのきっかけに、平凡さとはおよそほど遠い、そして後戻りの聞かない事態へと足を踏み入れることになる。

 止まった電車を飛び降り、徒歩でIAIへと向かおうとする佐山にスーツ姿の男は「早計だ」と忠告する。対して佐山は「危機がこの世にあるか?」と返す。なるほど平凡な日常に危機などない。あってもそれは平凡な日常から想定されるものでしかなく、若いながらも聡明な頭脳と頑健な肉体を持った佐山には、物足りなく思えてしかたがなかった。「危機がこの世にあるか」という言葉もだから、無分別というよりは感じていた空虚さが発せさせたものだったと言えるだろう。

 だが、そんな電車での邂逅をひとつの分岐点にして、佐山は「危機」に満ちあふれた世界へと足を踏み入れることになる。山中、聞こえてきた「貴金属は力を持つ」という言葉の直後、佐山の前に人狼としか見えない巨体を持った生き物が現れ、見えない壁に取り囲まれて逃げ場を失った佐山を襲う。並大抵の青年だったらそこで恐れにおののき、人狼にあえなく命を奪われてしまうものだろうけどそこは本編の主役だけあって、持ち前の頭脳といつかに備えて鍛えられていた肉体を使い、現れた奇妙な恰好をした少女やその仲間らしい人物たちの力も借りて人狼を退ける。

 佐山が平凡だった日常から引きずり込まれてしまった、危機に満ちあふれた世界。それは、世界がかつて平行する10個の異世界から成り争っていたなかから、ゆいいつ勝利して60年が経っていたという歴史を持った世界であり、討ち果たされた世界から逃れてて来た者たちの恨みを受けて破壊の危機に瀕している世界であり、なおかつ「マイナス概念」というものの加速によって消滅の瀬戸際に立たされている世界だった。

 「貴金属は力を持つ」といった概念によって世の理が規定される世界、といった部分では神林長平をはじめ過去に多くの人が挑み、傑作も数多いなかでひときわ輝くものではないけれど、シチュエーションを規定するひとつの条件として使った上で、規定された世界の有り様やキャラクターたちの行動、心理を物語として描く、という意味ではなかなかに面白く描けている。多元世界どうしの争い、という設定の目新しさはなくても、それぞれの世界を背負った人々のメンタリティーや姿形の差異なりを楽しみつつ、そんな世界とどう戦い、統合していくのかといった興味を抱かせてくれる点で、先への期待は十二分に保たれている。

 何よりキャラクターの造形が圧巻で、見かけ尊大な性格ながらも中身は割に繊細で、総会屋として行きた祖父の生き様を受け継ぎ”悪役”としてあらゆる勢力のネガティブな視線を一身に受けることを厭わず、世界を脅かす敵に挑もうとする佐山・御言の言動の格好良さがを筆頭に、冒頭から佐山と漫才のようなやりとりをする教師リール・大樹のドジっ娘ぶりや、戦闘員として敵に銃を向ける役目を持ちながらも、肝心なところで敵を危める可能性に引き金を引けない新庄という名字の少女の複雑な心理状態が、壮大な物語の上で生き生きと動いて読む目を飽きさせない。

 圧巻はIAIの関係者で、奥多摩へと向かう電車のなかで佐山に忠告をした大城・至が、手足として使う実直で勤勉でおまけに強い戦闘メイドの「Sf」という少女。その見目麗しさもさることながら、ご主人様の理不尽さを耐え忍ぶ、というより半ばいなしつつご奉仕するその言動と、そして戦闘の場面で見せる強さには、世の多々いるメイド好きも目を離せない。戦闘中、下から彼女を見上げた新庄が、そのスカートの奥だかに見た”大人”が何なのかも気になる。

 ほかにも冷血で高圧で突発的で無口な美術部長で実は……といった美少女のブレンヒルトや、昼行灯のようにしか見えない、IAIの御曹司らしい生徒会長の出雲・覚、その出雲を恋人として完全なまでに尻の下に敷いている生徒会会計の風見・千里といった、癖だらけのキャラクターに囲まれた佐山・御言が、困難で満ちあふれたミッションをどうこなし、危機にあふれた世界をどう生きていくのか。行く末はたとえ壮大でも、それこそ何10巻に及ぼうとも付き従っていこう、支持し続けていこうと「1」の「上」を読んだ今、切に思う。その期待にきっと作者も応えてくれるだろう。応えてくれるよな。


積ん読パラダイスへ戻る