シャーロック 〜緋色の肉球〜

 「緋色の肉球」「四つの鳴き声」「ボス猫の醜聞」「三毛組合」「黒猫失踪事件」。これらが、とある書籍に収録されている各章のタイトルだ。勘のいい人ならすぐ、アーサー・コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズのシリーズ「緋色の研究」「四つの署名」「ボヘミアの醜聞」「赤毛連盟」「花婿失踪事件」をもじったタイトルだと気づくだろう。

 書籍の題名は「黒猫シャーロック 〜緋色の肉球〜」(メディアワークス文庫、610円。作者は和泉弐式。正義の味方ではなく、悪の組織に所属する戦闘員の少年を主人公にした「VS!! −正義の味方を倒すには−」から始まるSFアクションのシリーズや、ファンタジー「セブンサーガ」のシリーズを発表してきた流れから少し(大きく)外れ、大学とその周辺を舞台にした日常系ミステリとなっている。

 物語の方は、書籍の題名が現しているように、シャーロックという名の黒猫がご近所に起こる事件を解決するといった展開。主人公の綿貫恭平という青年には、子供の頃から猫の話す声が聞こえる能力があった。生まれた時から暮らしてきたミケという名の猫とも、ずっと会話をして親しんでいたけれど、ある朝目覚めたらミケが枕元で冷たくなっていた。

 自分に助けを求めに来たのに、応えてあげられなかった。そう思い込み、気落ちしてしまった綿貫は、ミケの思い出が残る家を出て、進学した大学の側でひとり暮らしを始める。そしていよいよ始まった大学の入学式に行こうとした途中、血を流してヨロヨロと歩いているブチ猫を見かけたけ。

 助けようとする気が起きず、見逃してしまったけれど、忘れられずとって返したらもうブチ猫はいなかった。どうなった? 不安になって探していたところに現れたのが、尻尾の先が曲がった黒猫。そして綿貫を見て、大学生で左足に大怪我をしたことがあって、そして三毛猫を飼っている言った。

 すべて当たっていた。どうして分かった? 綿貫は黒猫に話しかける。人間に話しかけられてもちろん黒猫は驚く。そこで綿貫は、自分には猫の言葉が分かるのだと説明して、そして黒猫が、近くに入学式を行っている大学があって、スーツを着ていて、そこに三色の毛が付着していて、歩き方が妙だったことから言い当てたとを知って感心し、ブチ猫がどうなってしまったかを尋ね、それも見事に言い当てた黒猫と組むような形になって、発生するいろいろな事件に挑むようになる。

 大学にある猫サークルに入った新入生で、綿貫の代わりにブチ猫を病院に連れて行ったくらい猫好きだという涼川綾音がサークル活動をしていたら、どこかから猫の声が聞こえて来たものの、猫の姿はまるで見えないという不思議な事態が起こった。幽霊か? そうではなく、人間の恋情がもたらした妄念めいたものが根底に漂い少しだけ心を寒くする。恋とはそこまで苛烈なのか。

 周囲を支配下に置いたボス猫が見初めたメス猫の行方が分からなくなった事件では、さすらう猫が見つけた居場所への思いが見えてくる。三毛猫だけを探し求める不思議な人物が何者かを探り、撃退した事件では、猫だけでなく危険にあった人間すらも救ってのける。ところが、その事件の後で黒猫は行方をくらましてしまう。綿貫は黒猫に世話になった猫たちの力を借り、自身も動き回ることでどうにかシャーロックの行き先にたどり着く。どうにかこうにか見つけ出す。

 観察によって状況を把握し、流れから事態を推測して蓋然性の高い事柄を選び抜き、真相として引っ張り出す黒猫シャーロックの活躍は、その名の通りにシャーロック・ホームズが推理する姿を見ているよう。各章の物語も、それぞれのタイトルの元ネタとなっている短編と重なるところがあって、シャーロック・ホームズのファンを楽しませつつ猫好きたちも喜ばせる。「ボス猫の醜聞」に出てくるメス猫に翻弄されて「あの女」と呼ぶようになったあたりとか。おまけにおまけにマタタビまで嗜むとうジャンキーぶり。バリツは……まだ使ってはいないみたい。

 こうなるとジャーロック・ホームズの短編からどんなタイトルが浮かび、そこに猫がどう絡んでくるのかを想像してみたくなる。シャーロック・ホームズとくればライバルとして登場するモリアーティ教授に匹敵する存在が、未だ現れていないところを考えると、シリーズとして続けばそうした対決めいたものが行われることも想像に難くない。問題は、モリアーティ教授のように悪事を働く猫とはどういった振る舞いをするのかといったところ。縄張りを奪うのか、恋人を寝取るのか。それではあまりに小物過ぎる。何をしでかすのか。シャーロックはどう阻止するのか。そんな興味を抱きつつ、続きが出るのを心待ちにしよう。


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