くみちょ! 組長は小学4年生

 親の作った借金のカタに差し出された少年が、金と権力を持ったちょっぴりオタクな少女の奴隷になって働き始める話、なんて言ったらそれはどこの「ハヤテのごとく」だと、すぐさま突っ込みが入りそう。

 少女は実はヤクザのお嬢さんで、連れて行かれた屋敷には強面でドスの利いたしゃべりをするものの、心優しいところもあって何くれとなく世話を焼いてくれる若頭や子分たちがいて、お嬢様をよろしくたのみますと持ち上げてくれる話、なんて言ったら今度はどこの「瀬戸の花嫁」だと返されそう。

 つまりは類例の多々ある設定だと誰もが思うだろう白川晶の「くみちょ! 組長は小学4年生」(集英社スーパーダッシュ文庫、495円)だが、呆れつつ冷ややかに読み始めた手は、すぐにページを次々とめくらずにはいられなくなる。つまりはそれくらいに面白い。

 話が超絶無比な大金持ちとか、人魚の極道といった突拍子もない方面へと、フィクションの限界に挑み越えて転がっていく手前で、人間たちの社会に起こり得る現実味を伴った物語の領域に踏みとどまっている。そこが読み手にある種の切実さと、それ以上に自分もいつかこんな出会いが訪れるかもという期待を抱かせ、楽しさに震わせてくれる。

 期待と言っても、ヤクザに借金のカタに売り飛ばされて、内蔵を売られる代わりに奴隷のように働かされる話のどこに期待すれば良いのか、という疑問も浮かびそう。だがしかし。隷属する相手は組長ながらもまだ10歳の美少女で、自分の面倒を見てくれる人だからと一緒にお風呂に入ろうと言い出し、目の前で脱衣し、あまつさえ背中を流させてくれる話、と聞けば問答無用で納得だ。

 実に衝撃的。激しく衝動的。想像して浮かぶ10歳の少女の世話を焼いているビジュアルと、手に当たった場所から受けるだろう柔らかさと固さがない交ぜになった幸福感に溢れる感触が、今すぐにでも家にヤクザがやって来ては、お前オタクか、だったらお嬢さんの相手をしろと言い、組まで引きずっていってくれないかという期待を喚起させる。

 もっとも、引きずって行かれた先にいたのがオタクでお嬢様でも年期の入った三十路のベテランで、春と夏に売る本のために君ねえちょっとそこでモデルになってくれない? などと言われ脱がされ長さや太さや角度を測られ、それを写した原稿用紙のゴムかけと、ベタぬりと、トーン張りと売り子をさせられるんだとしたら……それも悪くはない人生か。

 もちろん、こうした激しく煩悩を喚起させられるシーンに惹かれはするものの、読んで「くみちょ! 組長は小学4年生」を他に類例が多いと退けることなしに、すんなり受け入れられるのは、借金のカタに売り飛ばされる鏡圭一郎という少年が、性格的に落ち着きがあって、生活面でも自立していて、非常事態に慌てず冷静に受け止め見苦しく醜態をさらさないからだろう。

 あと、10歳ながらもすでに一家を成す身であって、敵に命を狙われ迂闊に出歩けない組長の住川あゆみの立場に、同情する優しさを見せ敵に襲われれば守ってあげようとする強さも見せてくれるから。せがまれて同行した秋葉原のコスプレショップで襲われそうになり、敵の目をそらすためメイドコスプレをして襲撃者の前に立りふさがり、何か用かと迫って殴られても蹴られても退かず、逆に相手を退かせる。並の覚悟で出来る行動ではない。

 そこまでして守りたいと思わせるのが、10歳の美少女組長ということか。好意を失うことなくお風呂に一緒に入り続けたいと思わせるのが、住川あゆみという少女ということか。確かに圭一郎が来るまであゆみを世話をしていた、業界でも切れ者として知られる若頭の樹虎湖堂が、役目を奪われ残念がるほどだ。わがままもあるが、それすら可愛らしさに見える住川あゆみとの生活は、きっととてつもなく至福の時間なのだろう。

 カードゲームに関しては並じゃない腕前の持ち主、という圭一郎の設定も、体力的には超人的なハヤテや、逆に一切の能力を持たず振り回されるだけの満潮永澄とは違う程々の自己主張。どんな苦難も易々と退け突き進むカタルシスとも、周囲の助けを借りて乗り切るスリルとも違う、己の才覚に仲間の協力が困難を乗り切る鍵となる、という有り体さも読んで身に近さを覚えさせる。

 組長の襲名に絡んだ権力闘争で、選ぶゲームが「遊戯王カード」ならぬ「遊撃王カード」という展開にも意外性があって愉快。見るからに恐ろしげなヤクザたちが、手にトレーディングカードを持ってデュエルする姿。実在すればどんな光景になるのだろう。もっともそこは百戦錬磨のヤクザたち。敵が選んだ代打ちは、ちゃんとカードのルールを覚えた上で、イカサマを仕込んで来たからたまらない。

 単にカードの腕が良いだけの圭一郎に訪れるピンチ。攻められ削られ絶体絶命の瀬戸際で、見せた圭一郎とあゆみの麗しくも素晴らしい連携プレーが、ビジュアル面への想像力をかき立てる。もしもその場にいたとしたら、誰もが顔を床へと擦りつけ、上目遣いをして組長の振る舞いを見たくなるだろう。その後に激しく顔面を踏みつけられたとしても。

 こうして始まった少年と少女組長に、幼なじみでコスプレ好きな少女や組のヤクザたちが絡んで繰り広げられる物語は、今後もフィクションの極限へは吹き飛ばない範囲の中で、クールな主人公の納得ずくの奴隷ぶりを描きつつ、その様を通して美少女組長の可愛らしさ、勇ましさを見せてくれることだろう。見守り続けよう。いつか我が身にも似た境遇が訪れる日を夢見て。果てしなく夢過ぎるが。


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