クジラのソラ01

 最善を選び取る上では友人の犠牲すら厭わない、凛然とした少女の覚悟が描かれ、異世界に招かれた人間が異世界のために戦わされるジャンルの物語に一石を投じた「琥珀の心臓」(富士見ファンタジア文庫、620円)から1年。瀬尾つかさの新シリーズ「クジラのソラ01」(富士見ファンタジア文庫、620円)も宇宙からもたらされた「ゲーム」を楽しむ少年少女の物語に見えて、文字通りに宇宙規模の奥行きと広がりを感じさせる設定が裏にあって楽しさの後に恐ろしさを覚えさせる。

 舞台は宇宙人とやらに侵略されてしまった地球。けれどもその侵略の過程は描かれない。国会議事等やホワイトハウスの上に円盤が現れ、地上をめちゃめちゃに破壊したことで前世界的な機能マヒが発生し、暴動も起こって大勢の人間たちが自滅する中を、地上に舞い降りて来たオーバーロードたちが統治したのかだろうか。

 それとも最初から圧倒的な艦隊の数を頼みに人類には一切の反撃を許さず、無血のまま世界を制覇し統治システムを敷いたたのか。状況は未だに判然としないながらも、10年前にその侵略が起こった直後から、宇宙人によって与えられた、宇宙艦隊どうしを戦わせて勝敗を競う「ゲーム」が起こったこと、そして「ゲーム」の解析に必要なデータが宇宙人からもたらされ、それを元に宇宙艦隊を設計しゲームを進めるツールを作った優秀な人材が残っていたことを考えると、後者の無血に近い征服だったと考えるのが妥当だろう。

 物語はそんな宇宙人から与えられた「ゲーム」を、嬉々として楽しむ少女の描写からスタートする。桟敷原雫という名の少女は、小池智香と関口準太という2人の仲間とチームを組み、艦隊を操作して敵を殲滅するか、降参させれば勝ちという「ゲーム」に勤しんでいる。勝ち抜けば日本チャンピオンとなり、ワールドグランプリへと出かけそこでも勝てば晴れて世界チャンピオンに。そして世界チャンピオンになったチームには、宇宙人の所に迎え入れられる栄誉が強制的に与えられ、一方で宇宙人からは地球に存在しないテクノロジーがチャンピオンを輩出した国へと与えられる。

 そうなのだ。たかがゲームではないのだ。だから国は有能はプレーヤーを支えもするし、宇宙人から与えられたデータを使い素晴らしい艦隊を設計してしまった少年を、24時間365日、その監視下に置きもする。だから過去に2年連続して優勝チームの艦隊を設計した角倉聖一は、今は名を代え監視下におかれながら高校へと通っていた。そこに現れたのが同じ通っていた雫。彼女は聖一に自分たちのチーム「ジュライ」の艦隊の設計を依頼する。

 かつて雫の兄・桟敷原恭介が聖一の設計した艦隊で戦い世界チャンピオンになり、宇宙へと旅だって行った。その後を追いかけたいという想いにとらわれた雫は、何としても世界チャンピオンになるために聖一の力を必要としていたのだった。けれども聖一は受け入れない。過去、2度にわたって戦ったかけがえのない仲間たちの幾人かは宇宙へと旅だった。そして幾人かは……。

 聖一がいっしょに暮らしている枕井冬胡という少女も、両親が聖一の作った艦隊で戦いそしてチャンピオンになって”旅だって”しまった。冬胡はその悲しみからひきこもり気味になっている。そんな責任も感じて、設計の道に戻るのをためらっていた聖一は、雫に冬胡と戦い勝てば受け入れると話して諦めさせようとする。

 聖一のつてで世界トップレベルのプレーヤーと対戦した経験を持つ冬胡に、雫はなかなか勝てなかった。そこで諦めると思いきや、兄への思いを諦められない雫は冬胡を説得して仲間に引き入れ、その延長線上で聖一を遂に見方に付けてしまう。以前からのチームメートの智香も入れた4人による新生「ジュライ」がここに誕生。まずは日本チャンピオンを目指してゲームへと臨むのだった。

 いったい「ゲーム」とは何なのか。それはあくまでバーチャルな世界での戦いなのか。あるいは何かとダイレクトにつながっていたりするのか。宇宙から響くという声が届く特別なプレーヤーの存在をほのめかせる中、「ゲーム」の持つ人間にとっての問題点も浮かび上がって、宇宙人たちの目的に得体のしれない不気味さが漂いはじめる。

 一方では、プレーヤーたちを酷使し、その感情や権利や命すら蹂躙してでも世界チャンピオンを自分たちの国から輩出して、莫大な恩恵をもたらすという宇宙人からの”おみやげ”を手にしたい政府の思惑も絡んで、表面的には明るい青春ストーリーのその影で、深淵な設定と渦巻く陰謀がうごめき、読む人たちの心を冷やす。

 そうした謎を繰り出し設定を見せる引き出しの開け方、手の内のさらし方が今ひとつスムース感がなく、ぎこちなさもあって驚きを与え目を見開かせるといったことにはあまりならないのが勿体ない所。一気に雫の覚醒にまで持っていかず、まずは雫の頑張りと、その姿にほだされる聖一たちの描写を入れつつ、裏にうごめく陰謀をほのめかし、最後に驚嘆の事実をつきつけハッと息を呑ませて次へと引けば、続刊への楽しみも増えたかもしれない。

 とはいえ、1巻で一気にエンディングまで持っていってくれたことで、心残りはなくなった。中盤から後半にかけて恐るべき事実が明らかになっていくテンポが気持ちを盛り上げてくれるから、多少の長さも気にならない。

 自身を失う危険も省みず、また友人を失う悲しみを振り切って突き進むチームの行く末に待ち受けるのはいったい何か。宇宙へと呼ばれた恭介たちは今、いったい何をさせられているのか。世界チャンピオンとなった暁に、一気に広がるだろう物語的なスケールへの興味も尽きないが、まずは目先の難関をどうやってうち破っていくのか、その時に雫や冬胡たちはどんな変化を見せるのか、といった展開へのどきどきとした感情を抱きつつ、今は続く巻の刊行を待つのが最善だ。


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