紅刀三姉妹

 未だ見知らぬ生みの親と、眼前の豊満な美女と、選ぶならどちらと聞かれれば言うまでもなく美女と答える。それが人間の本能というものだとしたら、第4回スクウェア・エニックス小説大賞で佳作を受賞した琴羽マクラの「紅刀三姉妹」(スクウェア・エニックス、857円)は、まさしく人間を真正面から描いた物語だと言えるかもしれない。

 両親と共に交通事故か何かに遭って気を失った岬真一が目覚めると、そこは病院で入院していて従姉妹だという冬子が見舞いにやって来た。とにかく綺麗な少女だった冬子に泣かれながら抱かれ、頬ずりされてて大喜びしてから7年。事故以前の記憶がまるでない障害が残ったものの、身体にはとりたてて影響は出ず両親とともに平穏に暮らしていた真一に転機が訪れる。急な転勤で父親が海外に行くことになり母親も同行。そして真一だけが冬子の家に引き取られることになった。

 会うのは7年ぶりだから、記憶の中の冬子に7年分の歳を重ねた姿を想像していたら、それ以上の美女が駅に待っていたから真一は驚く。待っていた冬子は、なぜか周囲を黒服の男たちに囲まれていて、彼らには怜悧な表情と言葉を放っていたものの、真一を見つけた途端に顔を崩してがばっと寄ってきては、前のように真一の頭を引き寄せその豊満な胸にかき抱き、リムジンに車に乗せて豪邸へと連れ帰る。

 そこには無口で人見知りをする3女の小蝶と、美少女ながらも態度がやや乱暴な2女の渚がいて、そして美少女3姉妹と純情な少年とのラブコメ同居ストーリーが幕を開けるのかと思いきや、これが違って真一自身の過去に関わる事件が浮かび上がり、やがて3姉妹の真の姿が発動して、異世界との交わりに生まれる歪みとの激しいバトルが封切られる。

 存在そのものに謎を持つ少年と、力を秘めた少女たちとの楽しい同居と激しいバトルが描かれた物語という点では、嬉野秋彦の「蘭堂家の人々」シリーズにも似た展開で、他にも類例のありそうなストーリーだが導入から再会、そして触れあいを経て衝撃へと至る物語を紡ぐ文章がなかなかに確か。巧みに流れる展開に乗せられ、飽きずに最後まで読んでいける。

 おおよそ想像の範囲内にとどまっているクライマックスも、予定調和ならではの食傷よりはむしろ頑張る男の子の姿が放つ輝きが目にまぶしく、心の中で声援を贈り成功すれば喝采を贈りたくなる。その健気さを目の当たりにすれば、冬子さんが胸にかき抱きたくなるのも分かるというものだ。

 ここで難として浮かぶのが冒頭の命題。とんでもないことをされたにもかかわらず、それを行った相手に惚れてしまたのだから問題なし、ずっと好きで居続けられるという状況には、感覚的にどこか違和感を覚えたくなる。怒らないのは悲劇の記憶が消されてしまって、嬉しくも麗しい出会い以降の記憶しかないからに過ぎない。もしもそれ以前の悲劇の記憶が蘇っても、悲劇の原因を赦せるのだろうか。

 教えられたところでそれは知識でしかなく、体験としての女体の方こそが上だと流されるのは、健康で健全な男子であれば仕方のないこと。けれども過去であっても体験したこととして記憶に蘇った時に、果たして真一は平静でいられるのか。目の前にある美女の豊かな肢体や、可憐でゲーム好きな美少女や、やんちゃで乱暴者だが可愛らしい同級生を選ぶのか。

 今は姉妹を選んだように見えても、それがいつまで続くのかは分からない。そうした懸案をはらみつつ、とりあえず落ち着いた真一と冬子、渚、小蝶の3姉妹との同居生活で起こるだろうお風呂シーンに添い寝シーン、真一を挟んで3姉妹が対峙する四角関係シーンへの期待を抱きつつ、進んでいく物語がどこに帰結するのかを今は待とう。


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