こわれたせかいのむこうがわ〜少女たちのディストピア生存術〜

 知識は大事で、勉強はしないよりはしておいた方が良いということを、こんなにも強く感じさせてくれるライトノベルがあったとは。

 電撃小説大賞で銀賞を獲得した陸道烈夏の「こわれたせかいの むこうがわ 〜少女たちのディストピア生存術〜」(電撃文庫、630円)は、砂漠のような場所にぽつんと存在する、王を絶対視する独裁体制が敷かれている国が舞台。激しい格差が生じていて、富裕層が王都に暮らす一方で、貧困層もいて王都の周辺にある管轄区域であえぐように暮らしている。

 フウという少女もそうした最下層に生まれて育って、日々をどうにか生き延びようとしていたけれど、病気がちな母親のために水を求めて王都のチオウに行った帰り、砂漠で立ち往生した車両から降りた一行を、チアゲハなる怪物が襲って、動いたり叫んだり逃げようとしたみなを喰らっていく。

 フウは落とされても動かず、堪え忍んだ中でチアゲハの習性を見いだしどうにか生き延びたものの、戻った管轄区にいた母親は死んでいて、天涯孤独の身になってしまう。それでも生きねばと補助金をもらい、訪れたチオウでフウは、プラスチックで出来た箱から音楽や声が出ているのを発見する。

 ラジオ。そう教えられた箱をフウは、水と食料を買える最低限の補助金として受け取り、肉を食おうとしていた金で買ってしまう。そして、音楽だけでなく、何かの講座のようなものも聞くようになって、そこから自分が知らなかったいろいろな知識を学んでいく。

 程なくして当然のようにラジオの電池が切れてしまう。入れ替えにいったらラジオ以上の金を要求され、暗然としたもののフウはラジオから流れていた「オカネノハナシ」をメモに取り、人が欲しがるものは金になると学んでいたことを実践し、稼いで電池も買ってそしてだんだんとお金を貯め、便利屋稼業を営むまでになる。チアゲハの習性をその場で見抜いた知性が発揮されているとも言える。そして知識こそ勝利への道を地で行く展開とも。

 そんなフウのところにカザクラという名の少女が転がり込んで、2人で生活していこうと考えフウは知識を使ってさらに大きなビジネスを発案して転がそうとする。現代社会では当たり前の知識であってもこの物語の世界、文明が栄えたあとにいったん衰退し、都市間が遠く離れたか交流が不可能になった時代では、他者と差をつけるために大きな武器となっていた。

 気になるのは、ラジオなんて危険物を、チオウがよく販売許可していたものだとうこと。ナチスドイツの政権下では逆に、政府の宣伝を行うためにラジオを無償で配ったというほど、人々を扇動し洗脳する道具として知られている。逆に地下放送として独裁国家で自由や平等を国境を越えて伝える道具としても。

 それほどまでに便利で危険なラジオが、禁止されず回収もされずに見過ごされていたのはなぜなのか。どうして電波が届くのを邪魔しなかったのか。そういった知識すらチオウではもはや失われていたのかもしれない。だからこそフウが得た知識は新鮮で武器になったのかもしれない。

 物語は、フウと暮らし始めたカザクラには実は秘密警察からの追っ手がかかっていて、それらとフウは対峙することになる。同じように警察ではあっても秘密警察ではなかったサミヤという女性も巻き込み始まった逃避行で、一行はラジオに流れていた講座を発信していた場所を目指す。

 それが実在しているという保証はない。というか、フウたちの暮らす世界の他は存在しないものと教えられていた。書物などもなかった。独裁体制の下ですべてが隠蔽されていた。けれども、もしかしたらあるかもしれないと動いた果てに得られたその場所で、フウがどれだけの才覚を活かしていくのか、そして元いた世界はどうなっていくのか。きっとあるだろう続きが気になる。


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