古書街キネマの案内人
おもいで映画の謎、解き明かします

 古書街で知られる東京都千代田区の神田神保町にある名画座というと、お笑いの吉本興業が運営している神保町花月と同じ建物に入っている神保町シアターが知られているけれど、オープンは2007年と新しく、戦後まもない頃から高度成長期あたりをくぐりぬけ、若者たちに古今の名画を安価に見せて、レンタルビデオ店なんてない時代に日本人の映画への造詣をたっぷりともたらした、古き良き映画館といった風情はそれほど漂わない。

 とはいえ、今ある名画座だって目黒シネマや早稲田松竹が古いくらいで、飯田橋にあるギンレイホールは1974年、昭和49年の開業だから戦後とはすこし離れている。池袋にある新文芸坐も建て替えによって2000年に再登場してきた映画館だから、古い緞帳があってシートは薄く、座るとギシギシと音が鳴り、ロビーと劇場とを仕切る扉も薄くてカーテンも重ならず、出入りすれば光や音も漏れ出しそうな、そんな昭和的な風情を持った映画館といった感じではない。

 もっとも、いくら施設が新しくても名画座は名画座。数ある古今の映画の中から大勢に見てもらいたいもを選び抜いて上映し、映画館で大勢の映画ファンの中で映画を見る楽しさ、DVDを借りて家で観るのとは違った体験といったものを与えている。

 そう体験。映画館で映画を観るという行為は、何かしらの記憶をもって体験として人生に刻まれるのだ。

 家でひとりでDVDを観ても、それは観たという行為にしかならないけれど、映画館に行ってひとりででも、あるいは誰かと映画を観るという行為には、必ずそこに劇場という空間で大勢の人たちと、あるいは少ない人数の中でポツンと映画を観たという体験が伴ってくる。誰かと行ったのならそれは誰で、どうしてその人で、今どうなっているといった体験が必ずついてくる。

 それは後、記憶となって残り人生をさまざまに彩る。嬉しいことだったとしても、逆に哀しい思い出だったとしても。

 大泉貴著の「古書街キネマの案内人」(宝島社、580円)に登場するのは、そんな映画に伴う体験にまつわるちょっとした不思議を、さらりと解き明かしてくれる映画案内人だ。名を六浦すばるというその女性は、神保町にある名画座の「神保町オデヲン」にいて、映画館の運営に関わる仕事をしながら、時々持ち込まれる、映画に関するちょっとした疑問や謎について相談にのり、映画館界隈でおこる不思議な出来事の真相を探っていく。

 物語はまず、母方の叔父が病気で死んでその遺品となった映画のパンフレットなどを神保町に売りに来た大学生の多比良龍司が、古書店でも売れなかった「E.T.」の使われていない前売りチケットを手に、たまたま「E.T.」が上映されていたその「神保町オデヲン」を訪れたところから始まる。

 そこで出会った六浦すばるが自分は映画案内人だと自己紹介し、封切り日が全国とは1週間だけ違っていた前売り券の日付と、そして今はもうない劇場の名前について調べ教えたことから龍司は彼女に頼り、映画に関する悩みがあるといって叔父が残した「E.T.」と刻まれた指輪を持ち込みつつ、彼に何があったんだろうかと相談する。

 何枚も残った映画の前売り券の意味。ロードショーに続く2番館3番館がどうやってフィルムを得て上映をするのか等々、映画に関する知識が披露されつつ叔父が「E.T.」を子供だった龍司たちと観に行って涙ぐんだ理由などにも推察を重ね、指輪の謎も使われなかった前売り券の理由も解き明かしていく。

 そんな彼女に感動した、というよりたぶん色気先行で惹かれた龍司は、「神保町オデヲン」が募集していたアルバイトに応募して働き始める。映画なんてまるで観ず、支配人に何を観たか問われてセルスルーのビデオ作品や、大ヒットしたディズニーアニメを挙げたりする通俗以下の映画知識で、シネフィルたちがわんさか押し寄せる名画座の店員が務まるか、そこがひとつの見物だった。

 そして常連の老人3人の間に起こったちょっとした事件で、素人だからと最初は疎まれた龍司だったけれど、誠意でどうにか乗り切り、そして貴重なフィルムの上映に出没しては盗撮してネットに上げて「フィルム・ガーディアン」を気取っている人間を見つけて捕らえようと奮闘する。

 そんな彼に六浦すばるもだんだんと惹かれていくか、というとそんな甘い関係はまるでなく、映画に関する謎を知識と直感で解き明かす彼女に告白することもないまま、映画館での日々は過ぎていく。朴念仁なのかそういう要素が入って関係が壊れることを嫌ったのか。分からないけど物語的にはそうした恋愛ものにブレず、映画とそれにまつわる知識を謎解きの中で深めていける。

 本当のシネフィルが読んで薄いか濃いか、どう思うかは分からないけれども通俗的な関心だけは持っている人なら、読めばああそういうこともあったんだと楽しめそう。「羅生門」とか「E.T.」とか「トラ・トラ・トラ」といった、誰でも知っているけど見逃していた映画をちょと見て見るかって気にもなる。

 その時はやっぱり映画館へと足を運びたいもの。そのために名画座の上映スケジュールをチェックし、TOHOシネマズがやっている名画の週替わり上映「午前10時の映画祭」のスケジュールチェックを始めてみたくなる。そんな小説だ。


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