コロロギ岳から木星トロヤへ

 燃えれば何でも突破できるというのは間違いだ。戦闘艦の放射線が飛び交う艦内に閉じこめられた2人の少年が、屈辱に満ちた生活への不満を露わにし、自分たちを押さえつける敵への怒りを燃やしたところで、固く閉じられた戦闘艦の扉はピクリとも動かない。

 どうすれば良い? 燃やしてダメなら萌やせば良い。そのとおり。小川一水の「コロロギ岳から木星トロヤへ」(ハヤカワ文庫JA、600円)は、西暦2231年の木星前方トロヤ群は小惑星アキレスに生きる2人の少年を、2014年の地球の北アルプスはコロロギ岳山頂にある観測所に勤める女性が、萌えて救いそして地球も宇宙までをも救ってしまう物語だ。本当に。

 トロヤ人の少年2人のうちリュセージは、祖父がかつてその戦闘艦を率い、敵と戦おうとして行方不明になって裏切り者呼ばわりされた過去を持つ。ワランキは彼の友人。同じレストランで働いていたけれど、客として来ていたヴェスタ人の暴言に切れたリュセージが相手を殴り、騒動を起こしてリュセージは首になりかけ、ワランキは弁償させられそうになっていた。

 リュセージの祖父が戦おうとしていた相手も、リュセージが殴ったのもヴェスタ人。2人が暮らす木星前方トロヤ群にある小惑星アキレスは、人工的に作り出した小陽という名の熱源の周りに居住区を作り、安定した暮らしを送っていたものの、太陽の活動が衰え、危機に瀕した小惑星ヴェスタに暮らしていたヴェスタ人たちによって征服されてしまった。

 被征服民として鬱屈した暮らしを来るリュセージとワランキは、騒動を起こした夜、敵が戦勝記念として広場に据え置いていた戦闘艦の中に忍び込んで、閉じこめられる。出口を探して艦内を歩き回った2人は、なぜかマングローブが生い茂っていた船内に、得体の知れない何かを発見する。

 そんな未来がリュセージとワランキにも、そして人類にも訪れることなどまるで知らず、2014年2月のコロロギ岳では、天文学者の岳樺桃葉(だけかんば・ももは)が所長の水沢潔とともに、観測所にこもって研究を続けていた。そこに得体の知れない何かが落ちてきた。あるいは現れた。

 観測所の装置をなぎ倒した細長いそれは、桃葉に言わせれば「紫蘇漬けにした大根」のような色と形をしていて、腹立ちまぎれに桃葉がモップで殴りつけると、奇妙な声を発した。そして伝えた。地球の危機と、2231年に生きるトロヤ人の少年2人の危機を。

 そして始まるのは、200年以上も離れた時間と、地球から木星という遠大な距離を結びつけようとする作業。紫蘇漬けにした大根に似た何かにとっては、とりたてて気にするほどのものではないらしいその時間と、その距離はしかし人類にとっては断絶されたにも等しい存在。流れる時を利用して、未来に言葉や物は届けられても、未来から過去へと干渉することは人類には不可能だった。

 けれどもここに、未来から過去へとつながるチャネルがあれば、話は変わるし宇宙も変わる。そして変わった。そのために繰り出されたさまざまなアイディアと、そして変わっていく様が時間という壁であり、距離という壁を乗り越えて最善の可能性を選び取ることの大切さを感じさせてくれる。

 もっとも、いくら信じられない事態が起こっても、それをわが身に迫る危機だとはなかなか思えないものひとつの現実。そこで必要になるのは、想像力であり、妄想力。とりわけ男性どうしの関係性に、膨大な思考を瞬時にめぐらせ育み膨らませることが可能な人たちに、そうした思考を駆動させるための条件を提示することで、危機感は切実なものへと転じ、合理的で効果的な案が幾つも繰り出されるようになる。

 萌える心。それが地球を救い、宇宙を救い、2人の少年たちを救おうとするために爆発する様を見よ。そして、時空を超えて弾ける妄想力の豊かさに驚きたまえ。

 現実には、未来はすべてが不透明だけれど、そこに届けられた「コロロギ岳から木星トロヤへ」という物語を、紫蘇漬けにされた大根に似た何かがくれたチャンスに匹敵するものだと受け止めて、いつか来るだろう危機に備える心構えをしておこう。


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