婚活島戦記

 二毛作甘柿。それはどこかの特産品かと問いたくなる言葉が、人の名前として使われていることも驚きなら、そんな名前を持っているのが、見かけはすらりとした美女というのも驚きで、なおかつハイヒールを脱いでつま先に鉄の入った安全靴に履き替え、ドレスを破って足を振り上げ、強化ガラスのど真ん中を蹴り破ってみせるところも超驚きだ。

 いったい何が始まるのだ? そう思い手にとってページを開き、少し読んでみるだけで、柊サナカの「婚活島戦記」(宝島社、648円)が過去に類を見ない、とてつもない展開と面白さを持った小説かもしれないと、誰もが感じることだろう。

 その感じは裏切られず失われるどころか、加速して拡大していくからご安心。まず背景を説明するなら、とあるIT長者の男性が嫁を取ると宣言し、大々的の募集したのが事の始まり。玉の輿を狙って大勢が応募したものの、厳正な審査を経て最終段階ではとてつもない身体検査も行われ、その果てに40名ほどの女性が残り、船で孤島へと運ばれて最終試験を受けることになった。

 当然、相手との面談が待っていると思った女性が大半だっただろうけれど、出迎えたスタッフが言うことには、候補者はまずその場所に閉じこめられ、脱出できなければ失格で、うまく逃げ出しても水や食料を確保して、4日間を生き延びられなければ失格で、指にはめられた特殊な指輪を外されたり、奪われたりしてもやっぱり失格という過酷なものだった。

 全員分が用意されていない水や食料を奪い合い、見つけたアイテムを使って襲ってくるライバルの相手もしなくてはいけないそれは、殺し合いこそないものの、過酷なバトルロイヤルに他ならない。素敵な婚活を夢みていた普通の女性は冒頭でまず脱落。そして、靴を即座に履き替え、強化ガラスを蹴り破って窓を出て、パイプをつたって下に降り、森へと逃げた二毛作甘柿という女性は、無事に最初の試練をくぐりぬけ、続く展開へと進む権利を得る。

 とはいえそこは、IT長者が自分に相応しい相手を見つけたいという名目で、日本中から選りすぐった女性たちだけあって、開いた窓からカーテンを結んで降りたりして、脱出に成功する女性が約半数。島じゅうに散らばったそんな女性を相手に戦ったり、最後まで生き延びるために共闘したり、そうやって味方になたっと思った相手が裏切ったりして戦いになったり、危機を訴える相手に同情心を出して付いていったら落とし穴に落とされたりと、奪ったり奪われたりな展開を経ながら、ラストの対決へと進んでいく。

 個性なき者は去れと言わんばかりに過去があり、経歴があり謎があり不思議があり裏があり企みがあるような女性ばかりが残って、ひとつの椅子をかけてしのぎを削る様がとにかく圧巻。天才子役ともてはやされた女性もいれば、若いのに子供が5人もいたり、名家のお嬢さまだったり外国生まれで過去の記憶を失っていたりとバラエティーに富んでいる。

 それを思えば二毛作甘柿なんて計算が苦手な実直で生真面目なな女の子で、それで真っ当な職にも就けないでいて、生き延びるために体格と素質を見込まれ格闘を仕込まれ、強くなって稼げるようになっただけの、割と普通な女性に思えてくる。

 戦っていた場所とか、稼いだ金額とかを見ればなるほど少しは異様だけれど、貯めた金を奪われ食べていくために、目の前に転がってきた婚活のチャンスを捕らえようとしたところは、動機としてはやはり普通かもしれない。もらえるお金を牛丼なら何杯分かとたとえて訪ねるところも、婚活という言葉に含まれる色恋沙汰とは遠い、賞金稼ぎ的なクールさも見える。だからこそ最後まで生き延びては、相手の真の企みにも堂々と正対できたのかもしれない。

 どうすれば限られた資源なりを分け合い、相手が味方かそれとも裏切り者かも含めて考えながら生き残れるための方策をパズルのように解いていくストーリーなら、同じ孤島が舞台になって、集められた学生たちが脱出ゲームを繰り広げる土橋真二郎の「楽園島からの脱出」シリーズの方が巧妙かもしれないけれど、そこは婚活という、一生がかかったファクトに群がる乙女たちの必死さと、そのために正当化すらされる残虐さが「婚活島戦記」には満ちていて、楽しめる。

 ライトノベルのレーベルで出ていても不思議はないくらいの突拍子のなさと、キャラクターたちの強烈さ。「このミス」系の時に暴走して残虐な方向に走りがちな展開とは違い、荒唐無稽の中にエンターテインメント性を入れて、最後まで楽しませ面白がらせてくれる作品として、ライトノベル読みでも存分に堪能できるだろう。ご一読あれ。


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