BABY, I’M CRAZY FOR YOUR VOICE
声で魅せてよベイビー

 オタクと一括りにいっても中身は千差万別で、アニメーションや漫画や声優やフィギュアに詳しいオタクもオタクなら、復活したSLを間近で撮りたいと轢かれるのも厭わず線路に腹這いになってカメラを構えるオタクもいる。まるで異なる人種たち。その間に対象への情熱という概念以外の共通項はない。

 だいたいがアニメに詳しくたって声優には疎いオタクもいるし、声優は得意でもフィギュアに興味はないオタクだっている訳で、メディアなんかにオタクと一括りにされて同席させらた日には、間に同好の士としての親近感が漂うどころか、共通する話題の無さから生まれる気まずさに、5分でいたたまれなくなるものだ。

 アニメとコンピュータという、声優と鉄道よりは近そうに見えるオタクの間にもやっぱり深い川が流れていて、そばに寄っても言葉を交わさず心なんて絶対に重なることなんてない。実際に、「ファミ通えんため大賞」で佳作を獲得した木本雅彦「声で魅せてよベイビー」(ファミ通文庫、580円)に登場する2つのオタクも、その趣味嗜好を共通に話題として語り盛り上がることはない。

 けれども、だからといってバベルの塔で罰を受けて交流を絶たれた人類のように、それを罪に対する罰だとあきらめ悔いる必要なんてない。ともに1つのことに熱情を傾ける人たち。心に強く抱き血肉となっている、何があっても虐げられても燃えて萌える心意気を互いに認め合うことで、気持ちを同じ方向へと向けて重ね合わせることができる。

 始まりはサンシャインでの同人誌即売会。同じサークルのパートナーが作った腐女子向けのやおい本と並べ、ハッカー本を売ってるおっちゃんのブースにやって来た高校生の少年・広野が、目的のリアルタイムOSについて書かれたマニアック極まりないハッカー本を手に入れ、一息ついているところに現れたのが腐女子向け本を目当てにやって来た女の子。声優の専門学校に通っているという沙奈歌は、恋愛の勉強をしたいといった理由で広野を彼氏に抜擢しては、デートに誘い電話もかけて来る。

 広野にとっては予想外の、そして物語的にはお定まりのボーイ・ミーツ・ガール展開。たとえ相手が腐女子であっても、普段の生活では出会えない女の子から誘われて広野は心を揺さぶられる。けれども果たして沙奈歌は本気で広野のことを気に入っているのか、それとも単に自惚れ屋で自分を構ってほしいだけなのか分からず、どう相対して良いのか広野は戸惑い悩む。

 何しろ相手は声優志望の腐女子で、こちらはコンピュータプログラムが得意な男子高校生。共通するところはまるでない。だから最初は単に誘われるまま、成り行きで付き合っていた広野だったけれど、声優になりたいと一所懸命な沙奈歌の姿と、毎晩のように電話して来て聞かせてくれるその声が、広野はだんだんと気になって仕方がなくなる。

 そんな広野の視線を浴びながらも、自分の才能に今ひとつ自信がもてない沙奈歌が迷い思い悩み、挫折の一歩手前まで落ち込んだその時。広野は腰につけたPDAを自作の「変身プログラム」によってキュイーンと鳴らし、気持ちだけでも変身ヒーローとなって沙奈歌を支え、その迷っている心を前に向かせる。

 夢はあって可能性にかけていて、なのにどこか自分に自信が持てない人って割と多い。沙奈歌の誰かにすがりたと迷う気持ちの激しさは、自分なんてこんなものだと斜に構えてへらへらと生きている身をツンと刺す。そんな沙奈歌をなあなあの馴れ合いで慰めたりせず、かといって熱く説教するでもなくシンプルに、けれども強い想いを見せて導く広野が眩しいくらいに格好良い。

 頼られたってデレとせず、怒られたって引かず、かといって冷めてはおらずしっかりと現実を語り、導こうとするその態度。過去に出てくる物語のキャラクターとは違ったヒーロー像がそこにある。

 展開も巧みで、真剣に演技を学びどちらかと言えば洋画の吹き替えのような声の仕事をしたいと願っている、声優学校の先輩の女性を一方に置いて、人気キャラクターの声を演じ声優雑誌のグラビアにも出て歌を唄いCDを出す、アイドル声優が夢という沙奈歌と対比させつつ、どっちがより夢として切実なのかを考えさせる。そして2人ともそれぞれに切実なんだと分からせる。どちらも夢。かなえたい夢。高級も低級もない。

 そんな2人がライバル心を軸にふくらんだ複雑な心境を抱えながら同じ舞台を踏み、そして演技の中で素をさらけ出し合うクライマックスの何と強烈なことか。読めばそう、迷いなんて吹き飛び「やらなきゃねっ」という気に誰だってさせられる。

 パッと設定を見るだけでは、どうしたってハッカー少年と声優志望の女の子による業界ラブコメディにしか受け止められない話なのに、読み終えた時にはしっかりと通っている芯がメッセージとなって心に響いてくる。描かれていることががどこまでリアルなのかは分からないけど、声優業界に入る大変さというものも伺えて、いろいろと勉強になる。

 沙奈歌の背中から湧き出て来る、黒いもやもやとした物体で、ぶつぶつと沙奈歌の内面を吐露するように話す奇妙な存在が謎ではあるけれど、共通項の無かった腐女子とコンピュータ、それぞれのオタクの間にある壁を突き抜け気持ちをつなぐ心の声だという見方もできる。あるいは男の子と女の子が面と向かってやると読んで気恥ずかしさが漂う、ラブラブだったりツンツンだったりする言葉の応酬を避けるクッション役だとも。

 そんな設定の巧妙さと展開の好調さ、キャラクター描写の新鮮さと読み所の多いストーリー。その筆が次に何をどう描くのかという興味もはや湧いて来る。得意のコンピュータをテーマに描くのかそれとも得意な分野にこもらず他流試合に出ては心の拳をぶつけ合い、取り込むことによって新たな雰囲気の物語を練り上げるのか。楽しみだ。


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