絶対ナル孤独者≪アイソレータ≫1 −咀嚼者 The Biter−

 力を持ちたいと願う。力があれば何かが変わると信じる。そんな思春期にありがちな心情を、モヤモヤとしがちな中学二年生の頃になぞらえる言葉もあるけれど、だったら本当に力があったら、それで幸せな気持ちになれるのか。力を得てしまったばかりに、不幸せな道を歩む羽目にならないか。

 「アクセルワールド」「ソードアート・オンライン」の人気シリーズに続いて、川原礫が送り出した新シリーズ「絶対ナル孤独者<アイソレータ>1 −咀嚼者 The Biter−」(電撃文庫、590円)で問われるのは、そんな力の有無によって生き方を変えられてしまうことへの懐疑と諦観だ。

 主人公は、かつて父母と姉を侵入者によって殺害され、ひとり助かった17歳の空木(うつぎ)ミノルという少年で、親戚の女性に引き取られ、目一杯の愛情を注いでくれる彼女の下で表向きは幸福そうに育ったけれど、心にはずっとあの事件の日、自分を守るようにしていなくなってしまった姉への思いを引きずって、すべてを拒絶するようにして生きていた。

 そんなある日、外にいた時に宇宙から来た何かが体内に入ったことで、空木ミノルの運命が激変する。毎朝の日課にしていた10キロのランニングタイムが、3カ月前と比べて急に3分も伸びた。そんなことは普通はない。走るミノルの姿を見かけて、中学校も高校も同じながら、まるで交流がなかった箕輪朋美という名の陸上部の少女が追いかけても、追い付けない早さになっていた。

 そして、興味を持った朋美に話しかけられて、ミノルが立ち止まっている最中に不思議なことが起こった。走って来た自転車に突っ込まれ、確実にハンドルが手に触れながら、ミノルの体に傷ひとつつかなかった。気のせいか? 違った。学校で陸上部の男子生徒から朋美とはどういう仲なんだと因縁をふっかけられ、腹を殴られた時、またしてもミノルの体は痛まなかった。むしろ殴った方の手が痛んだ。

 固くなる。何も寄せ付けなくなる。そんな能力が芽生えてしまった原因が、体内に入った何かだとミノルは気がついた。だからといって陸上でヒーローになるような真似はしたくなった。むしろ逆。彼は毎日毎日、起こったことのすべてを忘れようとしていた。だから朋美のこともほとんど覚えていなかったし、これをきっかけに中を深めようともしなかった。静かに暮らしたいと考えていた。

 けれども事件が起こってしまった。ミノルと同じように、体内に何かが入ったことで不思議な力を持った男が朋美を襲って来た。そのことを感づいたミノルは、助けに入って力を震った。そして現場に現れた安須ユミコという少女たちから教えられた。空から落ちてきた何かによって変わった者たちがいることを。

 衝動にとらわれ暴走する者がいて、理性を保ったまま力をふるえる者がいたりする状況でミノルは最初、力を悪用している側だと思われた。すぐに理性があると分かり、仲間にならないかと誘われたけれど、ミノルは即座に断った。目立ちたくない。静かに生きたい。そんな思いで誘いに背を向けたミノルを逃げていた襲撃者が襲い、そしてミノルは否応なく戦いの場へと引きずり込まれていく。

 ミノルの能力がどういう由来のものなのか、それを考えるといたたまれないものがあるけれど、言うなれば自分のトラウマなり後悔なりを力に変えて、過去を振り払うチャンスでもある。ネガティブからポジティブへと思考を変えていくきっかけも与えてくれる物語。そして、激しく異能バトルでもある物語。いったいどんな能力者たちが現れるのか、それにただ固くなるだけの力をどう使ってミノルは立ち向かっていくのか。興味は尽きない。

 宇宙から来て、力の源泉となっている存在の目的は。正体は。SF的な大仕掛けがあるのかにも期待が及ぶ。現時点でそれほど目立っていないにも関わらず、表紙に起用されている安須ユミコが物語に、どれだけの深さで関わって来るのかも。ヒロインなのか。サブキャラなのか。どんな能力の持ち主で、それはどんな過去を理由に生まれたものなのか。冒頭に描かれ、置き去りにされたようなミノルの家族を襲った事件とも関わってくることがあるのか。続きが知りたい。


積ん読パラダイスへ戻る