キサラギ

 野間清恵に喝采せよ!

 それは誰? と訝る人もいるだろう。かつて2003年1月に表彰式が行われた、未来のプロデューサーを発掘する「第1回日本映画エンジェル大賞」で賞を獲得したのが野間清恵。当時から内容は“秘密”にした「シナリオ(仮)〜昨日は、よく眠れましたか?」という脚本をひっさげ、映画化の実現に向けて走り回っていた。

 だが、優れた脚本であっても人気シリーズの劇場版や、人気アイドルの出演といった脚本の実力とは関係のない要素が幅を利かせる日本映画の世界。賞をとった作品だからといって思うに任せず、後発の受賞作品が次々と映画化されるなか、いつしか消えていってしまった。

 しかし、映画の神は野間清恵を見捨ててはいなかった。新たに手に入れた脚本を持って方々を回り、映画化の実現に向かい邁進した。この脚本を元にした小説のあとがきによれば、中身も読まずに脚本をたたきつけた上司がいたという。憤り悲しんで会社を飛び出し、実現を目指してさらに方々を回った。公園で泣いた夜もあったという。

 その結果、三宅澄二というプロデューサーとの出会いがあり、またすばらしい俳優たちとの出会いがあってついに1本の、日本映画の歴史に残る傑作映画を完成させた。かつての上司は完成したこの映画を見て、きっと歯がみしたことだろう。何も感じなかったとしたら、もはや映画人として存在してはいけないし、会社にも未来はない。野間清恵は飛び出して正解だった。

 「キサラギ」というタイトルのこの映画。C級どころかD級といわれてももったいないくらいに売れてなかったアイドルの如月ミキが自殺して1年。未だファンを自認する5人が、ビルの屋上にある部屋に集まり開いた「如月ミキ一周忌追悼会」の席上、集まった1人から本当にミキは自殺だったのか? と提起された疑問が起こる。そして話はとてつもない方向へと進んでいく。

 基本的なストーリーは追悼会用にしつらえられた部屋だけで進み、合間にミキちゃんが自殺したという部屋での出来事を回想したシーンが挟まる。その雰囲気はまるで演劇の舞台のよう。実際にこの脚本は古沢良太によって舞台向けに構想され、上演されたものが土台になっている。「ALWAYS 三丁目の夕日」で日本アカデミー賞脚本賞を獲得した古沢の脚本だ。きっと素晴らしい舞台だったに違いない。

 しかし才能は、このアイディアを見てすぐさま映画化を思いついた野間清恵にも存分にあった。これは行ける。そう考え脚本をもらい奔走した。出演のオファーを「あずみ」や「花より男子2」に出ている若手実力派の小栗旬、音楽にバラエティーに映画にドラマに大活躍しているユースケ・サンタマリア、名バイプレーヤーの香川照之、漫才コンビ「ドランクドラゴン」の1人で、映画「間宮兄弟」で見せた演技力にも注目が集まった塚地武雄、二枚目でハイテンションな演技が得意の期待の若手、小出恵介に出した。

 考えられない豪華な布陣。そして完璧なまでに役柄にマッチした布陣。小栗旬は若いアイドルオタクを演じ、ユースケ・サンタマリアは「踊る大捜査線」とも違って真面目で寡黙な男を演じ、小出恵介は軽いノリで話を混ぜ返しつつ引っ張る青年を演じた。塚地武雄は何をしに来たのか分からない蒙昧な青年の役を演じつつ、それが後になって意味を持つ役を決めてみせた。そして香川照之。風貌からして怪しげなおっさんながらもその正体は! といった難しい役を圧倒的な演技力によって表現した。

 ストーリーはどんでん返しに次ぐどんでん返し。観客たちは何となく先が読めそうでまるで読めない展開へと引っ張り込まれて、気がつくとアイドルオタクたちの会話やしぐさに笑わされ、展開の絶妙さに驚かされ、大好きだったミキちゃんを失う悲しさに泣かされる。そして、人を愛する形の様々あれど、愛される幸せは何事にも変えられないものなのだという感慨に耽らされる。

 とにかくすごい映画。秋葉原の石丸電器のイベントホールや、神田の書泉グランデで開かれるサイン会などをのぞくと、未だに大勢存在しては行列を作る、アイドルを真剣になって追いかけている人たちなら、見て思わされることも多いだろう。自分たちの好きさ加減が実は表面的なことでしかないと気づき、本当に真剣に追いかけるのだったらここまでやらなきゃいけないと自覚させられることだろう。

 会場でふと我にかえって、今発しているこの声援、行っているこのジャンプにどれだけの意味があるんだろうか? そう悩んでしまった時に見れば勇気も取り戻せるはずだ。嬉しいが故に悲しみも深く、落ち込まされそうな場面で、笑えて楽しめる方向へと引っ張りあげてくれるから、自分のして来たことは間違ってはいなかったんだと納得し、落ち込まずむしろスッキリした気分で映画館を出られるだろう。

 古沢良太の原作・脚本を元に相田冬二がノベライズした「キサラギ」(角川文庫、438円)も映画と同様に如月ミキへの情愛を感じ、どこへ連れて行かれるか分からないスリルを感じ、そして感動を得られる物語に仕上がっている。映画では瞬時に流れる言葉や画面を、文字によって噛みしめられる点もありがたい。ただ、読んでから見るよりは、見てから読んだ方が驚きは大きいから、映画未見の人は野間清恵の書くあとがきだけをとりあえず読もう。

 読めば改めて野間清恵への喝采がわき出るはずだ。そしてシナリオの古沢良太に、プロデューサーの三宅澄二に愛情のキスを贈りたくなるはずだ。よくぞ作ってくれました。この感動を言葉ではなく態度で表すのなら、2度目に映画に行く人は礼節を重んじて喪服で行こう。そしてラストは総立ちになってダンスしジャンプして、如月ミキの魂を慰撫し、野間清恵というプロデューサーの存在を讃えよう。


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