貴サークル“救世主”に配置されました

 世界を平和にする本があるとしたら、それは聖書だろうか。仏典だろうか。すべての人がお金持ちになれる投資の指南書かもしれない。全員を隷属させて平等の名のもとに奴隷化する作戦書かもしれない。果たして……。

 そんな答えのひとつが示されているのが、第12回GA文庫大賞で金賞となった小田一文の「貴サークルは”救世主”に配置されました」(SBクリエイティブ、640円)というライトノベルだ。主人公は星夜騎士(スターナイト)というペンネームの同人作家だが、即売会で1冊売るのさえやっとという弱小ぶり。それがいきなり、100冊を完売しなければいけない状況に追い込まれる。

 原因は、聖夜騎士を救世主と呼んで近づいてきた時守緋芽という女子高生の存在だ。彼女は実は魔王と戦ってきた戦士で、滅びの運命に挑んでは敗れ、滅亡する結末を迎えてから時を遡り、また挑んでは敗れるという人生を繰り返してきた。いわばループという奴だが、その最新のループ時に、星夜騎士こそが世界を救う救世主であるという予言があった。

 緋芽ですらその予言が、どういう理由でもたらされたか分からなかったが、それでも訪ねるしかなく即売会に出展していたスターナイトを尋ねて来た。最初は迷惑がられて遠ざけられたが、それでもしつこくつきまとう中で、売り言葉に買い言葉のような形でスターナイトが同人誌を100冊売る約束をさせられ、なおかつそれが達成されなければ、魔王によって世界が滅ぼされるという予言が新たにもたらされる。

 世界の存亡という人類史に関わる大事と、弱小サークルによる同人活動が天秤にかけられるギャップが読んで笑えるところだが、失敗すれば世界が滅亡してしまうとあってはスターナイトも笑ってはいられなかった様子。緋芽の言説が嘘ではないと理解した上で、売れる同人誌作りに乗り出すことになる。

 そして始まるのは、緋芽が編集者のような立場で、星夜騎士に売れる同人誌を描かせようとする「バクマン。」的なエピソード。たとえ描き手が足りないからといって、背景が白いままでは手抜きと思われ敬遠されてしまうから、しっかり描け。認知度を高めるために、1日3回はSNSにイラストをアップしてアピールしろ。そんな緋芽のアドバイスは実に的確で、同人活動をしている人には心当たりもあれば参考にもなる。

 扱っているアニメを元にするなら、カップリングを変えてもっと読者が関心を持つものにしろというアドバイスもあったが、こればかりは絶対に譲れないとスターナイトは拒絶した。それは信念だから。同人作家にとって、というより人間にとってカップリングは神聖にして冒すべからざるものなのだ。世界の滅亡と引き替えにしても。そういうものだ。

 それでも、やはり滅亡は避けたいというのが人情。ハンディを負いつつも内容の密度、そして強力してくれるコスプレイヤーの存在によって同人誌を100冊売り切ることができるのか。即売会に参加しているような楽しくもひりつく感覚を味わえるクライマックスを味わう中、スターナイトが頑なに守ったカップリングが将来において意味を持ちそうな予感も漂い出す。

 その先、スターナイトは真の救世主として脚光を浴びることになるのか。1000冊だって売り切る壁サークルへ近づいていくのか。そこで新たに課される試練はいったい何なのか。分からない。分からないが言えることがあるとしたら、読めば読むほどに売れる同人誌づくりのノウハウを得られるということだろう。読んでそして自分でも作ろう。100冊は売れる同人誌を。


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