にたもう流星群3

 そこから先の人生を変えることはできても、そこまで来てしまった人生は絶対にやり直せない。だから、人は生き方に慎重になろうとするし、できるだけ良い人生を選ぼうとする。だったら。

 できるだけ良い人生って何だろう。お金があって恋人がいて、子供も元気で友だちにも恵まれて、精いっぱいに働いて目いっぱいに楽しんだ人生は、確かに死ぬ瞬間に良かったと思える人生かもしれない。けれども、そんな人生のどこかで何かになりたかったと思って諦めていたら、それは本当に良い人生だったのか。とても難しい問題だ。

 実は俳優になりたかったのかもしれない。誘われて舞台に立って脚光を浴び、オーディションにも通って映画の話も来ていながら、俳優では食べていけないと道を違えて普通に大学を卒業し、大手企業に就職した人生のどこかで、俳優になっていた自分を省みなかったとは思えない。去来する思いを、けれども今が幸せだからと振り払って生きて死ぬ間際、幸せだっと心底から思っていられるのだろうか。

 もしもやり直せるのだったら。幸せだった最初の人生はそれで満足しつつ、やりたかったことに挑戦するかもしれない。けれども、人生にやり直しのリセットボタンは存在しない。ループして過去に戻ることも出来ない。だから誰もが人生に迷う。若い時も。老いてからも。老いてそこまでの人生はもう変えられなくても、せめてそこからの人生くらい変えられないのかと考える。

 残り少なくなった人生を、一変させることはループのように不可能ではないけれど、やっぱりとても難しい。死ぬ時に幸せだったと思えない道を安全のために選ぶより、やって失敗してのたれ死ぬ道を選ぶべきなのか。それもまたとてつもなく難しい問題だ。

 軌道上にあった衛星がまとめて落下する事故に巻き込まれ、少女ながらも宇宙飛行士となって宇宙ステーションに滞在していた天野河星乃は死んだ。その彼女から時を隔てて送られてきた言葉をキャッチしたのが平野大地。安全な人生ばかりを選ぼうとした挙げ句、仕事を失いアルバイトすらできない人生の底に沈みかかっていた。そこに届いた言葉を受け、星乃が残した仕掛けに乗って過去へと飛んだ大地が、まだ彼を知り合う前の星乃との関係を再構築し、彼女が念願だった宇宙飛行士にはなってもテロで死なないような道を探ろうとする。

 松山剛による「君死にたもう流星群」という物語は、その過程で、同級生の少女が事故でファッションデザイナーになる夢を諦めたから、チャラい少年が医師を目指すようになって成功したという、すでに一度経験している人生の悲劇をなくそうとして、大地は少女が事故に遭わず、けれどもチャラい少年はしっかりと医師を目指すという矛盾した状況を新しいループの中で作り出す。

 そして本命の星乃とも関係を深めていった先で、大地はやはり同級生の宇野宙海という少女が、本当はアイドルになりたかったという話を聞いて驚く。一度目の人生で宙海は公務員になった。というより真面目でアイドル好きだという雰囲気は微塵も見せていなかった。

 人格が違う訳ではなく、厳しい母親に逆らえないままアイドル好きを隠していただけで、いずれそのまま公務員になるだろう人生がのぞいていたし、大地もそれが確定だと考えていた。アイドルなどという不安定きわまりない人生など選ぶべきではないとも思っていた。それが変わった。二度目の人生で新しく経験したことと、出没する謎の少女の「人生の橋には、対岸に何もないんだ」という言葉を聞いて、失敗しても経験にはなり、それ以上に成功にもなり得る生き方があるのかもしれないと考えるようになった。

 だから大地はアイドル活動を止めさせようとする宙海の母親に訴えた。「『あんたこそ何を言ってんだ! 人生は一度きりなんだよ! 泣いても、笑っても、死ぬほど後悔しても、大切なものを、失ってから、絶望しても……」もはや誰のことを言っているのか、自分でも訳が分からなくなる。『自分の、人生は、一度しか、ないんだ……。だから、自分で、決めないと、いけないんだよ……』」。

 シリーズの3巻目となる「君死にたもう流星群3」(MF文庫J、660円)は、人生をそこでやり直すのではなく、そこからやり始める勇気を持とうと訴えてくる物語になっている。大地は続ける。「『人は必ず死ぬ。そして、生きている間だって、死んじまうこともある。一番大切なものまで―【魂】まで売り渡しちまったら、もうそれは死んだも同然なんだ』」。そんな言葉を聞いて自分は考える。今まさに直面していることについて深く考える。

 経営難にあえぐ会社は、年かさのいった社員をまとめて辞めさせて人件費を浮かそうとしている。だから対象となっている者たちを悪罵によって追い込む。自分も言われる。記者としてお前の書いて来たものは1ミリたりとも必要とされてなかった。これからお前が書ける媒体などどこにもない。

 そこで【魂】を売り渡して書く立場から身を引いて、会社の道具として生き続けるべきなのか。違う。断じて違う。もしかしたら、危機に瀕した経営を立て直すため、とにかく人を減らしたい一心からの方便として、どこかのコンサルティングが作った定形の言葉を浴びせただけかもしれない。それでも、浴びせられた言葉は当人にとっては真実以外の何者でもなく、心に刺さって頭に響く。後で方便だったと言われようとも、全方位で厳しい言葉が投げつけられた空間で、誰かを信じていくことは難しい。信頼の通わない空間で、再起などあり得るのかと言った懐疑がつきまとう。

 そして、続けられる大地の言葉を受け止める。「『どれほど盤石な人生も、どれほど潤沢な資金も、どれだけ高度な医療も、人の時間を止めることはできない。人間には寿命があり、残念ながら君たちの時代の医学の水準ではまず抗いようのない真実だ』その瞳が闇夜に光る。『人生の橋は、対岸に何もないんだ』」。そんな橋のぎりぎりまでを意に沿わぬ場所で魂を腐らせていたくはない。生きるだけなら可能な状況の中で自由に生きられるのなら選ぶ道は自ずと決まってくる。分かった。背中を押された自分は、そこまでの人生に決着をつけてそれからの人生を選ぼうとする。

 まだまだ先があるだけに迷ってないといえば嘘になるだろう。それでもいずれ時が来れば否応なしに状況へと引っ張り込まれて、何をすべきか考えるだろう。何をしたいかを選ぼうとするだろう。それこそがかけがえの人生になると信じて。信じていなければ不安に苛まれて心が沈んでしまうというのもあるけれど。

 「君死にたもう流星群3」のストーリーは、星乃の両親が残した研究を横取りしようとしているサイバー・サテライト社の六星衛一という男の暗躍が深まり、そして星乃の母親替わりをしている惑井真理亜の娘で、大地のことを慕う葉月に奇妙な変化が起こり、一度目とはまったく違った状況で事態が進んでいく。まったく記憶になかった隕石の落下が発生し、それをサイバー・サテライト社がドローンを使ってすべて集めようと画策する。もしかしたらあらゆる衛星を落としたのは、宇宙を支配したいと願ったサイバー・サテライト社と六星衛一だったのか。疑念は渦巻くものの答えは見えない中、物語は新たな登場人物を得て次へと続く。

 二度目を可能にした大地の人生は、同級生たちをその思いに従って、まっすぐに歩めるような人生へと導くことには成功した。だったら、一番願っていた星乃の運命を変えることができるのか。もとよりどうして一度目の星乃の人生はああいった結末を迎えたのか。そうした謎の解明と、新たに渦巻く謀略めいたものの正体を知って、そして大地が本当にやりたかったことへとたどり着けるかを見守りたい。その時には自分も、やりたかった人生を歩み始めていることを願いつつ。


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