にたもう流星群

 「やってみなくちゃわからない、わからないならやってみよう」というのが2018年4月から始まったテレビアニメーション「キラッとプリ☆チャン」に出てくるセリフで、自分でネット動画を作ってアップし大勢に見てもらうことで“いいね”をもらってランクを上がっていく仕組みの上で、どんな動画を作ったらヒットするかを考えた時に浮かんだいろいろな挑戦を、それは無理だと最初からあきらめないでやっていくことで、主人公の少女たちは自分を広げ世界を広げていく。

 とてもポジティブ。なおかつサクセス。ここで無茶なことをやってみて失敗してしまう描写がないのが子供向けアニメーションならではの配慮と言えそうだけれど、それでもやってこそ得られるなにかがあるなら、まずはやってみるというのは決して向こう見ずではなく、むしろ建設的だと言える。そんな「キラッとプリ☆チャン」の世界から見ると、まったく正反対の「やってみたってわからない、わからないならやってみない」といった心情を持つ青年は、ただひたすらにネガティブな存在に映る。

 もっとも、当人はそうやってあらゆるリスクから自分を遠ざけ必要なだけの努力で必要なだけの答えを得ることこそが人生だと思い込んでいる。本当に心底からそういった平凡を求めているかは分からない。本当ややりたいことが山ほどあるにも関わらず、それに挑戦をして失敗をしてしまった時に取り返しがつかないと考えると、手の届く範囲でのみ取り組むことの方が自分が苦労せず、傷も付かずに済むと思っているだけなのかもしれない。

 それこそが敗北者の思考であって逃避に過ぎないと言えば言えるけれど、当人にそうした意識がないかあっても否定をしているならもはやどうしようもない。勝手にひとりで平凡を歩んでくれとしか言えないし、言いたくもない。

 そんな平凡を得に描いたような生き方した選ぼうとしなかった男が、未来を変える可能性を世界で唯一持ったとしたら、それでも怠惰に生きていろと言って見過ごすことができるだろうか。やるだけのことはやれ、やってみなくちゃわからないんだから、やってみるしかないだろうと怒鳴りつけてやりたくなるのではないか。松山剛による「君死にたもう流星群」(MF文庫J、650円)に出てくる平野大地という主人公の男に言ってやりたいのがそんな言葉だ。

 2022年に起こったある事件、宇宙を飛ぶ人工衛星がすべて落下し大気圏で燃え尽きて消えた事件はテロの疑いがあったものの、地上に落下による被害は出ず通信衛星や気象衛星などを失った混乱をどうにかしのいで、世界は安寧を保ったまま日々は過ぎていった。そうした事件の中、当時宇宙にいた少女だけがステーションもろとも落下して死亡。唯一の犠牲者となったその少女、天野河星乃は平野大地の知り合いだった。

 両親が宇宙開発に従事していた星乃だったけれど、事故で2人とも亡くなってしまい、父母の同僚だった女性エンジニアに引き取られ、アパートの一室に引きこもるようになる。天才的な頭脳の持ち主であった星乃は、引きこもりながらもいろいろと開発していた様子。そんな星乃と知り合い、だんだんと仲を深めていった大地の活動があって、星乃は外に出るようになり誰かとコミュニケーションを取るようになり、念願だった最年少の宇宙飛行士にまで上り詰める。そして……。

 星乃は死んでいなくなり、大地は就職もできずアルバイト先にも断られ続ける中を困窮にあえぎながら怠惰に送っていた。冒険もせず挑戦もせずコストパフォーマンスだけを追求した人生は、最小限の努力すらしないで最低限の益すら得られない最底辺の日々に落ち込んでいた。それでも発憤せず、どうして自分がこんな人生を送るのだ、勉強の出来なかった同級生は発憤して医者になって成功しているというのにと憤っても、ただの愚痴にしかならなかった大地。そこに転機が訪れる。

 誰も住まなくなった星乃の暮らしていたアパートが取り壊されることになり、整理に出向いた先で大地が発見し、仕組みを知ってそして挑んだ結果起こった不思議な出来事は、大地にある種の選択を迫る。

 やってみなくちゃわからないのなら、やってみるしかないのか。やってみなくてもわかるのだから、やってみないで見過ごすのか。目の前の驚きを受け止めもう失いたくないと足を踏み出した大地は果たして過去を取り戻せるのか。そして自分を変えられるのか。その結果世界はどうなるのか。そもそも世界はどうしてそうなってしまったのか。テロを起こしたのは誰なのか。何を狙ったものだったのか。それらの謎が明かされ未来が示され、そして幸福が得られる未来を信じたくなってくる。

 ただし、何かを変えられる立場になりながら未だコストパフォーマンス良き人生を引きずっている大地が、自発的に動いてくれるかが心許ない。コストパフォーマンスだけを追い続けた自分の悲惨な人生を知ってなお、“再会”した同級生が願うデザイナーになりたいという希望、それは大地の知る世界ですでに叶っているにもかかわらず、コストパフォーマンスの悪さを理由に否定する。

 未来を知っていて過去を改めないというこの展開が意味することはひとつ。なおかつそれが本当に“一周目”なのかも実は分からない。誘われて戻って繰り返し続けた果てにようやくたどり着いた機会かもしれない。「君死にたもう流星群」という作品が単純なやり直しの物語ではないかもしれないといった想像が浮かぶ。SFとしての設定がどこまで広がっていくかが気になる。

 そんな設定の上、せっかく与えられた機会を失敗を恐れて逃してしまいかねない大地が、積極的に自分を変えて世界を変える決断をもたらすようになるのか、なるとしたらそのきっかけはどういったことなのか。そんなことを考えながら、歩み直す人生で大地が最大限の努力をし、最高の益を得て最上の日々を送れることを今は願う。

 同時に、自分がそうなるために何をしたら良いのかも考える。やってみなくちゃ分からないなら、やってみるしかないんだよ。


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