キリングメンバー 〜遙か彼方と冬の音〜

 鎌池和馬の「とある魔術の禁書目録」シリーズに登場するレベル5の超能力者で、学園都市第1位の一方通行(アクセラレータ)は、良く自分を悪党と任じてそのように振る舞い、暴れては他人を傷つけているけれど、そうした行為の裏側には本当の悪に対して善意で立ちふさがることのまどろっこしさを打ち破り、手っ取り早く本当の悪を根絶やしにするための露悪に近いような気がする。

 とりわけ御坂美琴のクローン体のひとりで、ミカサネットワークを束ねる力を持った打ち止め(ラストオーダー)と知り合ってからは、無慈悲に暴れ回ることも少なくなって、むしろ正義の側に悪党として背を寄せ守るような振る舞いが増えている。正義のための悪。そんな都合の良いものがあるとは限らないけれど、一方通行はそこに果てしなく近い存在かもしれない。

 そんな一方通行が帯に登場して、「おいおい、何回ひっくり開けりゃあ気が済むんだァ? 最強なんてろくなモンじゃねェな。俺が言うのもなんだけど」といったコメントを寄せて勧めるのなら、第23回電撃小説大賞の最終選考に残った秋月陽澄による「キリングメンバー」(電撃文庫)に登場している面々も、偽悪的ではあっても悪ではなく、むしろ正義かと思ったらそうでもあって、そうでもなかった。

 つまりは複雑怪奇。少なくとも表紙に描かれ帯にも登場している6人の主要キャラクターのうち、真っ当なのは山崎快斗という男子高校生ひとりだけで、あとは遠藤彼方や久保詩織や近藤此方といった山崎快斗の同級生たちは少し問題がある。いや、少しどころではないのだけれど。

 そして近藤此方の父親らしい刑事の近藤正義も、名前に正義という言葉があるくらいに正義を愛してはいても、その正義が時に法律の枠組みすら乗り越えてしまうところがあって大変な事態をもたらす。近藤正義の先輩格にあたる刑事の柴田旭が連れていた女刑事の山本観月は、胸が大きく久保詩織に殺意すら抱かせるくらいだけれど、そういった殺意とはまた違った壊れた心を大きな胸の内奥に秘めていて、最終局面で炸裂しては真っ当ではない人間をあっさりと屠りそしてその身を屠られる。

 もう殺したり殺されたりの連続が、表だっては普通の学園であり、ただの街を舞台に繰り返されるというストーリー。その根源にある、人を悪意にまみれた中で育てていったらどうなるか、といった問いかけに、どうしようもなくなるといった答えが示されて愕然とする。

 遠藤彼方と近藤此方は幼なじみで、遠藤彼方と遠藤詩織は一応つきあっていて、遠藤奏太と山崎快斗は親友で、そんな遠藤彼方を起点にしてつながった高校生4人の青春ストーリーかと思わせる前に、冒頭で同じ高校の女子が殺害されるという事件が発生。校長の娘だったその女子を殺した犯人が誰か? といった謎を遠藤彼方が解き明かすようなストーリーかとも思った先で、どうも筋を違えていくような作為が浮かび上がる。

 何のため? それは遠藤此方や山崎快斗を犯人かもしれないリストに入れて、警察にも法律にも頼らない復讐を考えいてた校長の殺意から守るためでもあったのだけれど、そんな一般人にあるまじき校長の殺意を超えて、体にすり込まれて心を壊してしまった殺意があふれ出しては、周辺を血の海に変えていく。

 挟み込まれるのは、少年少女が医師夫婦に買われ囲われ殺人者として育てられ、仲間たちで殺し合うように求められ、そうして殺し合う姿がスナッフビデオとして撮らればらまかれていたという話。そこで被害者でもあり、同時に加害者でもあっただろう少年少女が物語のメーンに位置している状況が、相次ぎで夫婦が殺害されている事件であり、そして起こり始める事件の大きな要因となっていく。

 壊れてしまった心が向かって起こった殺人衝動。渦巻く悪意をぶつけられるような話が続いて、読んで怖気をもたらすかと思いきや、不思議と殺人に恐怖や憎しみが浮かばない。なぜなのか? そうなって当然な人たちがそうなっていることと、そして感情ではなく感覚で冒している殺人が、ゲーム依然の単なる行為に見えて忌避感を浮かばせないからなのかもしれない。そう思う自分も壊れているのだろうか?

 もうひとつ、生まれながらに抱えてしまった心のズレが旧弊な常識の中で否定され、虐げられた果てに別の心が芽生えては、優しくされた嬉しさを守ろうとして動きだし、走り出す可能性といったものも指摘され、追い詰められていく人間のほとばしる情動の凄まじさといったものを感じさせる。そういうことが本当に起こりえるのか? 惑うけれども、どちらも心の病として存在するものである以上、重なって発現することもあって不思議はないのかもしれない。

 血塗れの果てに残った者たちは噛み合うのか? その先で誰が生き残ってそして世界になにをもたらすのか? 続くのだったら読んでみたいけれど、そうでなくてもひとつの観念の事件として、子供がそうするように育てられた果てに起こる状況を想像しつつ、読んで何かを感じることもできる1冊だ。
R  ほんとうに正義なんてろくなもんじゃない。


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