鬼神新選 京都篇

 「新選組」。と聞けば幕末、剣による立身出世の欲望を奥に秘め、幕府への忠誠を表に掲げて京の都へと集まった若者たちが、絶対的な統率の元、圧倒的な剣技を誇っては時代を築く活躍を見せながらも、純粋さでは乗り越えられない時代のうねりに翻弄され、身を引き裂かれて散っていく様を誰もが思い浮かべ、その刹那的な生き様に強く惹かれる。

 だからこそ小説・映画・漫画の世界で、日本に下克上以来の革命を引き起こした勤皇の志士たちを差し置いて、「新選組」の面々が今なおヒーローとして讃えられ、書かれ撮られ描かれ続けているのだろう。あるいは京の街を震撼させたその剣技が、健在だったならば明治と名を変えた時代に、何が起こるのかを考えてみたくなるのだろう。

 明治の世に「新選組」が蘇る。そんな願望を出海まことが小説によって現出させようとした「鬼神新選 京都篇」(電撃文庫、610円)は、なるほど勝者となった薩長を主とした明治政府による堅苦しい統治の世の中に、武士の心を持って挑もうとする者たちの痛快さを見せてはくれる。けれども一方で、時代に取り残された者たちの焦りやあがきも同時に感じられて、時代のヒーローは正しい時代にあってこそのものだということを考えさせられる。

 10番隊まであった「新選組」の実働部隊の2番隊で隊長を務め、あの沖田総司と並び称される使い手として鳴らしたものの故あって局を抜け、幕末の混乱を土方歳三のように戦死せず、近藤勇のように捕らえられて斬首もされずに生き延びて、今は東京で名を偽り身を潜めて生きる永倉新八に、岩村という名の男が接触して来て、近藤勇の首を探し出せと命令する。

 岩村と名乗りながらもその正体が新政府の重鎮、岩倉具視と感づいた新八は、どうして今さら勇の首が必要なのかと訝りながらも、言うことを聞かなければ一生を追われる身として過ごす羽目になると知り、岩倉具視の命令を受け入れ京の都へと向かう。そんな彼の前に「ほう……君も捜しているのか。勇さんの首を」と言って現れたのは、函館で死んだはずの土方歳三だった。

 生き延びていたのかと喜び、再会を祝す暇も気もなく歳三は新八に斬りかかり、勇の首を捜す新八の邪魔をする。やがて歳三のみならず、新八が剣技で畏れるあの男までもが蘇って来ては新八の前に立ちふさがる。いったいどんな秘密が勇の首にあるのか。そもそもどうして歳三は生きているのか。奴までもがどうして蘇って来たのか。謎また謎が提示される中、ひとり人間として生き続けてきた「新選組」の残党として、人智を越えた闇の勢力による侵攻に、ひとり人間として新八は立ち向かう羽目となる。

 新八に付き従って彼を助ける忍びの少女・篝炎の戦いぶり、希代の陰陽師、安倍晴明の係累に当たる少女・メイに活躍ぶりにも見るべきものがあるし、敵として登場しては妖しい力で「新撰組」を操るシスター・アンジュの今後の暗躍ぶりにも期待が持てる。近藤の首をめぐって起こる、愛人だった女性たちが襲われる事件を探り真相に近づいていく展開もサスペンスフルで面白い。

 けれども圧巻はやはり蘇った「新選組」のすさまじさ。剣に行き、剣に殉じた男たち、といったイメージとは裏腹に、新政府への恨みを今なお抱き、血に飢え殺戮を繰り返す「新選組」の蘇ってきた面々の醜悪さが心に刺さる。死に時を、死に場所を逸した者がたどる残酷な運命に背筋が凍る。

 その一方で、恨みを永遠に引っ張るくらいに強い思いがあってこそ、時代に名を残す活躍を出来るんだという考えも浮かんで心を迷わせる。新八の生き延びてさらす醜態をそれぜも生きてこそのものと是認するべきなのかか。歳三らの蘇って見せる醜悪さを思いの純粋さが貫かれた姿と肯定するべきなのか。誰からも慕われていた近藤勇がいよいよ蘇ってみせるだろうその言動に、注目しつつ続く「東京篇」での新八と、「新選組」との戦いの行方を見届けたい。


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