煙と蜜 1−3巻

 意外だと思われる相手であっても、家同士の取り決めで許嫁にされることがある大正時代ならではのラブロマンス。そう聞くと、大和和紀による「はいからさんが通る」が真っ先に頭に浮かんでしまう人も多そうだが、反発をしながら伊集院忍少尉のことがだんだんと好きになっていく花村紅緒とは違って、最初から許嫁のことが大好きになってしまう少女が主人公のラブロマンスがある。

 長蔵ヒロコの漫画「煙と蜜」シリーズ(KADOKAWA、660円−680円)。こちらでヒロインとなる花塚姫子は、尋常小学校に通っている12歳の少女で、東京で暮らしていたものの、病気の療養のために名古屋に移った母親に着いてきて、母方の祖父や女中たちと暮らしている。

 そんな姫子の相手というのが18歳も離れた30歳の軍人というから驚きだ。土屋文治という名前で、背が高くいかつい顔していつも目の下にクマを浮かべている。夜道で出会ったら男でも腰を抜かしそうな強面をしているが、そんな文治を姫子は怖がらず、むしろ家に来てくれる日を心待ちにしている。

 実際に文治は顔に似合わず優しくて礼儀正しく、少佐という軍隊では結構な階級にありながら、偉ぶらないで姫子や女中たちと接する。台風が来た時など雨の中を隊舎から姫子の家まで駆けつけて、女性しかいない家に泊まり込んで皆を守ろうとする。そんな文治に姫子は惹かれていて、だからこそ子供に過ぎない自分で良いのかといった悩みをかかえている。

 名古屋の街にデートに行こうと誘われた時、何を着ても大人っぽくならないと涙ぐむ。文治にふさわしくあろうと必死に努力している姫子がとにかく愛らしい。カフェに入って親子だと思われてしまうことも度々で、そのことを悔いる姿も心に刺さる。そんな姫子のまっすぐさに、文治も惹かれているのかもしれない。姫子と文治の許嫁としての関係自体は、家同士の打算から始まったものだった。それが、お互いを尊重しあうことで心温まる純愛ストーリーになっていくところが呼んでいて心地よい。

 時代が時代だけあって、文治の配下にいる天道少尉は男尊女卑的な考えの持ち主で、姫子の家に足繁く通う上官の態度に納得できずにいる。別の部下は12歳差の少女との関係を脅しのタネにしよう画策する。こうした態度を一蹴した文治の手際に、軍人としての切れ者ぶりが伺える。目の下にクマを作るくらい働いているからこそ得られる信頼と尊敬。こんな軍人が大勢いたら日本も不幸な道へと進まなかったのではないだろうか。

 大正という、恋愛について今ほど自由ではなかった時代だからこそ浮かぶ周囲の障害を乗り越え、本人同士が抱えているわだかまりを打ち破って近づいていく展開が、「煙と蜜」という作品にはある。恋愛とは自由なものだという現代であっても、そんな恋愛の中にある打算や不安のようなものを乗り越えるための方法を、姫子と文治の関係から見いだせるような気がする。


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