契火の末裔

 可愛い子には旅をさせろ。という教訓を与える話なのだと、「C・NOVELS大賞」で特別賞を受賞した篠月美弥の「契火の末裔」(中央公論新社、900円)を規定するのは容易い。

 ただし、2転3転して入れ替わる、キャラクターたちに与えられた善なり悪といったイメージが、読む人に迷いと惑いを覚えさせ、どこに向かっているのかと考えさせてくれるという意味で、良質のミステリーだと言う意見があっても十分な賛意は示されるはずだ。

 舞台はとある大陸。地球で言うところのバチカンに近い、大陸に固有の「フィユ教」と呼ばれる宗教を象徴するセア皇国を盟主に仰いで、周囲に3つの大国が拮抗して存在している。

 その皇国の次期盟主「ルマ」に決まっているクシーダという青年を補佐する、「アス」という立場になることが決まっていたティーダという少年が主人公。「ルマ」の就任までの残された時間を、クシーダの勧めもあって見聞を広めるべく使おうと、火の精霊が信奉されている世界にあって、科学を研究している異端の町、キサへやって来た。

 自治権を持ちながらも、様々な制約を受けているキサの町でティーダは、キサを領有しているオルトー公国の公主イースの出迎えを受ける。人あたりが良くて親切そうで、何より血縁でもあるイースの歓待を喜ぶディーダだったが、彼が用事で席を外した時を見計らったかのように、キサの町を治める領主のトールという女性が、ティーダに故国へ秘密裏に戻るよう告げたところから物語は動き出す。

 イースも知っていることだと信じたディーダは、お供にミヤギという男を付けてもらってキサを出ようと駅に向かう。ところがイースはティーダがいないことに気づき慌て、何者かに誘拐されたのではと考えて探索に乗り出す。どうしてトールはティーダをキサから追い出したのか。命を狙ったのか? それとも別の理由があったの?

 そんな周囲に浮かぶ疑念など知らず、ミヤギのことも信じて逃亡を続けるティーダを剣士が襲う。盟主の「ルマ」に補佐の「アス」と並んで「三火」と呼ばれる立場の1人、フィユ教の教主の座をうかがうリーテース・ランガという聡明な少女が、物語の冒頭で「三火」の序列を破壊し、自ら盟主に成り上がる可能性についてほのめかした際に、リーテースを支えていたのが剣士のショードウ。そのショードウがティーダの前にたびたび現れ剣を向ける。

 どうしてリーテースはショードウを使いティーダを狙ったのか。理由も分からないまま絶体絶命の危機に陥ったティーダを、ミヤギの仲間らしい銀髪の美少女剣士ネフィエルが助け、一行は無事に無事に逃げ延びる。その後、さまざまな困難があり、様々な出会いを経てどうにか故国へとたどり着いたティーダを待っていたのは、さらに驚くべき事態とそして、勇気を奮い起こして臨むという決断だった。

 「三火」が主となり世界を治める大陸の形が崩れるかもしれないと記された予言を冒頭に、「三火」の地位を狙う存在がほのめかされ、その周囲では3つの大国が三火を送り出す座を狙い暗躍し画策する。ドロドロとした政治の醜悪さ、人が抱く権力への欲望のすさまじさが浮かび上がって来る中で、皇子の立場からストレートに「アス」という特権的なポジションに収まろうとしていたティーダに、実は大きく欠けていたものが見えてくる。

 それは知識。社会というもののへの想像力。もしもストレートに「アス」になっていたら、ティーダは顔見知りの言葉を信じ踊らされてていただろう。しかし、ミヤギという男と庶民の姿で逃避行を続ける中で、ティーダは街に生きる人々が何を考え何を求めているかを知り、また公国によって安堵されているはずのキサの町が置かれた微妙な立場と、そこに暮らす人々の思いに考え至る。

 おのれらの立場にとってではなく、世界にとってより正しい道とは何なのか。それを知ってティーダは変わる。ティーダだけでなく皆が変わってそして世界を変えようと動き始める。

 ひとりの少年に起こった成長と自覚の物語であり、既得権益や固定観念に凝り固まって絶対視させている体制を打ち壊して、未来を開くために必要な勇気の大切さを学べる物語。フィナーレへと至る過程で今再びわき上がる、誰が敵で誰が見方かまるで見えない不安な状況が、物語を読んで想像する楽しさをくれる。

 さらに。提示された世界の行く末が決して安寧には満ちてはない中で、絶対的な予言が果たしてどういった形で現れるのかにも目が向けられて、さまざまな不安を乗り越えて掴む未来への希望を感じさせる。

 構成も展開も実に複雑。それでいて最後にしっかりとまとめ上げてみせる巧みさはとても新人とは思えない。強いメッセージもあって、読後に様々な思いが残る点もすばらしい。キャラクターたちの造形も、その言動もリアルでそして奥深い。善であれ悪であれ信念を持って行動し、その信念に従ってぶつかりあう様は見ていて実に清々しい。

 新鋭にしてよくぞここまでの作品世界を練り上げられたものだと喝采。すばらしいキャラクターを作り上げたものだと感謝。人気で言えばあまり活躍しなかったネフィエルよりは、美少女ながらどこか大人びて策謀家然として、いろいろと裏がありそうなリーテース・ランガに集まりそう。それは当然ではあるものの、強さと凛々しさを持ったネフィエルにも、次があれば是非に活躍の場を与えてやって欲しいものだが、果たして。


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