マドカの科学研
彼女が世界を滅ぼす

 女子高生である。セーラー服である。科学好きである。「超科学研究所」なる部活の部長である。白衣である。眼鏡娘である。口癖が「愚かな人間ども」である。喋れば不良でも何ながら逃げ出す悪口ぶりである。けれども心でずっと失踪した先輩で恋人を思い続けている乙女である。

 完璧だ。

 そんな完璧なヒロインが、本編のみならず表紙にもイラストにも登場する野中亮の「マドカの科学研 彼女が世界を滅ぼす日」(徳間ノベルズEdge、819円)が面白くないはずがないし、実際にとてつもなく面白い。

 主人公は「超科学研究所」に引っ張り込まれる少年だが、彼とて部長に負けないくらいの存在感。さらには彼以上に突拍子もないキャラクターたちが現れて、超常的な現象へと挑んだ果てに起こる化学反応のような大爆発を巻き起こす。その火勢をものともせずにすっくと立つ、眼鏡で白衣で悪口の少女の格好良さ。惹かれない男子もいない。女子もいない。いるはずがない。

 とある事件がきっかけで、父親の下にいるのが耐えられなくなって独立し、私立常葉学園の高等部へと転入した宇隅光秋という少年。なぜか子供の頃から缶詰マニアで、トドやクマやウミガメといった、各地の珍しい食材を使った缶詰を、レア品として収集すしている。日々の食事もコーンビーフのサンマの蒲焼きツナウインナーオイルサーデンといった缶詰類で済ませている。変な奴。

 転入初日の朝もコーンビーフの食事を終えて家を出て、道路まで来たところで集団登校中の子供がひとり、ころりとコケた。危ないから助けようと近寄った光秋もコケてしまって、バツの悪い思いをしているところに1台のワゴン車が突っ込んできた。絶体絶命。そこに胴衣を着て袴をはいた武芸者風の青年が飛び込んできて、子供と光秋を車の前から助け出す。

 気になったのは2人を轢きかけていたワゴン車のドライバー。居眠りでもなければ脇見でもなかった。笑ってた。目の前の2人を意識的に轢こうとしていた。どうしてだ? 朝方に光秋が携帯で受けた、何か警告を発しているメールとの関連性が気にかかったものの、光秋はそのまま学校へと行き、教員から校内の案内をしてもらっていたところに、またしても事件。

 恋人がひき逃げに遭って死んでしまったショックから、仲上翔子という少女が自殺しようとして屋上に現れ、フェンスを乗り越え縁に立った。助けようとして光秋が「自殺はいけない。命は大切だ」と声をかけたところに現れたのが、スレンダーな姿態をセーラー服で包み上から白衣を羽織り、顔にメタルフレームの眼鏡をかけ、その奥から冷酷さをたたえた切れ長の目ですべてを睥睨する女子高生、伊佐原窓華だった。

 「この愚かな人間どもめ!!」。

 そう不遜な言葉を吐いて窓華はひとしくさり、命の大切さという定義の曖昧さを講釈しする。自殺志願者の翔子は窓華の剣幕に呆れたのか押されたのか、飛び降りはせずにいつの間にかその場から消えて校内へ。光秋も結果的には良かったものの釈然としない思いを抱きつつ、教室へと行くとそこには美少女の仁科深琴が熱い眼差しを向けて近寄って来て、かつて自分と一緒に宇宙戦争を戦った仲間だと話しかけてきた。

 なんだか不思議な奴らばかり。聞けば窓華は魔女と呼ばれて不良たちからも畏れられていた。深琴も人目にはつかない場所で光秋を自分のワールドへと引っ張り込もうとする。巻き込まれてはかなわないと感じ、また己の出自も関係してか科学的に正しいことを学びたいと、教師が薦めていた科学部へと赴いたらそこに魔女がいた。驚いた。

 驚いたけれども聞けば窓華は徹底して科学を探究しているらしく、むしろ非科学的なものを徹底して拒絶していた。学園の近隣で頻発している、何者かが犬や人にマジックで極太の眉毛を描いて歩く事件や、これも何者かがガードレールや街灯を曲げて歩く事件、そして光秋自身が朝に遭遇した、連続して起こるひき逃げ事件の犯人を、霊能なのではなく緻密なデータ分析から割り出そうとしていた。

 ここなら大丈夫。そう思ったのもつかの間で、他の部員は朝方に光秋を助けた武芸者風の青年と、着ぐるみを愛用し動物を手なずける力を持ち、レシートを集める癖があって宝物になりそうなものを奪って逃げてはどこかに埋める、動物のような少女といった具合。逃げようとしたものの、武芸者風の灯堂甲一朗に体を固められ、入部届けを奪われた光秋は、科学部の一員となって暴走する窓華の調査に協力し、そして自分自身が抱えていて葛藤にも答えを見つけだしていく。

 暴走気味の少女に、善良な少年が巻き込まれるのは谷川流の「涼宮ハルヒの憂鬱」にも似たパターン。もっともハルヒは窓華と違い、超常的で超自然的なものを追い求めながらも出会えずいつも地団駄を踏んでいる。対して窓華は、不思議なことなんてないと言いながらも、科学と理論によって不思議なことが生まれる可能性を探っている。

 キョンと違って光秋自身にも秘密があって、故に超常的な現象を嫌っている節があるものの、運命からか血筋からか、眉毛や怪力、ひき逃げを引き起こした原因へと迫っていく。  そして現れる敵。伝奇的な退魔物のフォーマットに近い展開ながらも、科学こそが世界を解明する鍵だと信じる窓華は、起こる超常的な現象や現れる超自然的な存在を、最新の宇宙科学理論によって解釈し、説明してそして退治しようとする。そこの部分が数ある伝奇的な退魔物とも、また「ハルヒ」とも違ってこの作品の目新しさを際だたせる。

 超ひも理論から多元宇宙を想定し、量子コンピューター的説明によって「自己組織量子情報体」なる存在を導き出す。聞いていると何だか本当に実現可能なロジックなのかもと思わされる。それについていく光秋も光秋。なるほど出自への反発から科学を学び科学部に入ろうとしただけのことはある。

 そんな最新の科学理論によって定義された敵を相手に戦う窓華や光秋たち。武芸者を目指す灯堂甲一朗に、動物みたいな行動パターンの楓ひよりも肝心なところでちゃんと良い働きを見せてくれて、事件は解決し光秋のわだかまりも消える。

 世話をするうちに恋心を抱きはじめていた翔子との“再開”もあって、かくして駒はそろい魅力的なキャラクターたちに占められた魅力的な世界が立ち上がった。顔見せを終え新たな要素も加わって、この先に待っているのはどんなに突拍子もないドタバタか? 結果として光秋たちに貢献しながらも、自身はあまり活躍の場を与えられなかった深琴が、その不思議ぶりを遺憾なく発揮してくれるのか? 何より窓華はどんな罵詈雑言を吐きながら、世界の不思議を科学で規定し珍奇な発明品を繰り出し解決していくのか。

 次の巻が楽しみだ。本当にほんとうに楽しみだ。


積ん読パラダイスへ戻る