かなりや荘浪漫 廃園の鳥たち

 シリアやパキスタンといった紛争地域から送られてくる写真に、幼い子供が日本のキャラクターが入った服を着ていたり、グッズを持っていたりする姿がときどき見かけられる。日本のキャラクターが世界で人気だということを裏付けているものとして、クールジャパン戦略の正しさを世に訴える材料にされたりもする。

 けれども、ただそれだけの喜びで語って良いものなのかと、村山早紀の「かなりや荘浪漫 廃園の鳥たち」(集英社オレンジ文庫、550円)に紡がれたエピソードが問いかける。中東の難民キャンプにいたところを日本人によって保護され、日本へとやって来た少女カーレンが大切にしているのは、日本のアニメに出てくる魔法少女のイラストが入ったハンカチ。カーレンはこれを宝物のように思い、何度も洗って持ち続けている。そして、誰かが困っていたら、魔法のハンカチだよといって差し出す。

 日本人にとってキャラクターは別に珍しいものではない。アニメーションや漫画に溢れグッズに満ちて、生活の中に入りこんでいる。大量に集める人もいる一方で、次から次へと新しいキャラクターに目移り心移りして、過去のを埋もれさせていってしまう。そんな、日本ではただ消費されるばかりのキャラクターが、海外ではそれを唯一のものとして慕い、慈しみ、愛する子供たちがいる。

 日本のアニメの魔法少女に励まされ、日本のニメのロボットに勇気づけられたという子供たちが大勢いる。カーレンもそんな、日本の魔法少女のキャラクターに勇気づけられた少女だった。あるいは日本の魔法少女にしか希望を見いだせない過酷な状況に生きて来た少女だった。

 キャラクターに向けられた強い思を、カーレンの魔法のハンカチへの愛着から感じ取った時、もう流行遅れだからといってキャラクターを放り出せなくなる。そして、キャラクターを生み出すということ、世界を作り出すということへの責任を強く感じさせられるだろう。

 きっと辛いこともあっただろう過去を、カーレンは魔法のハンカチで乗り切り、今は支えてくれる人も得て乗り越え、毎日を前向きに生きるようになった。「かなりや荘浪漫 廃園の鳥たち」にはそんなカーレンをはじめとして、引きずっていた辛い経験を誰かと出会うことで埋め、あるいは誰かが引きずっている悲しい過去を、払ってあげる人たちのエピソードが紡がれる。

 作家だけれど心身が安定していない母親が、執筆のプレッシャーから逃げてしまって、クリスマスの寒空にアルバイト先のケーキ屋で着ていたサンタの服のまま、路頭に迷うことになった娘の須賀茜音。親友はハワイに旅行に行っていて泊めてもらう訳にもいかず、誰かに迷惑をかけることも厭って、ひとり街を彷徨っていた。

 そこで迷子になっていたカーレンと出会い、彼女を送り届けたかなりや荘という古いアパートで、カーレンを始め住人たちと出会い触れ合ったことがきっかけになって、茜音は漫画という自分の才能に気づき、どうにかこうにか自信も抱くようになって、ようやく自分の居場所を固めていく。

 かなりや荘に暮らす人には、それぞれに苦い味わいを持った過去があって、たとえば敏腕編集者として名が知られていた神宮司美月は、自分の与えたプレッシャーで誰かを追い込まれてしまったのかもしれないと思うようになり、会社に行けなくなって編集者の仕事を辞めてしまった。

 そのかなりや荘に住んでいた紅林玲司は、繊細なタッチで評判を呼んだ漫画家だったけれど、根を詰めすぎたことが災いしたのか、かなりや荘の自分の部屋で死んでしまったものの、なぜか幽霊となって後がまとしてその部屋に入った茜音の前に現れる。

 そして茜音は、美月から幼なじみだった男性が、小説家として大成しないまま死んでしまった過去を聞き、十分に描いたとはいいながらも、玲司が生きていればやれただろうことへの残念な思いを聞いてあげて、それぞれの“再起”にきっかけをあたえる。一方で音自身も、漫画家としての才能を美月や玲司、カーレンらから認められ、励まされることで自分という存在を屹立させていく。

 美月も玲司も茜音も、それぞれが一種の天才で、元から才能を持っていたから再起も出来たし、幸運に巡り会えたんだという声も出そうだけれど、いくら才能があっても、それを外に出したい、伸ばしたいという意思ががなければ、宝の持ち腐れに終わってしまう。そこへと至る過程で大切な、誰かとの出会いというものを感じさせてくれる物語になっている。

 そしてこれも大切なことだけれど、才能のあるなしに関わらず、常に明るく前向きに生きていたからこそ、茜音には親友と呼べる人が出来たし、彷徨っている時に救いの手が伸びた。偽らず卑下もしないで生き続ければ、きっと幸運はやってくる。そう思わされるし、そう思いたくなる。
B  この先に果たして、茜音は漫画家として成功できるのか。担当編集者として復帰した美月は、どれだけの厳しい指導をして茜音を導いていくのか。天才の玲司は幽霊の身になりながらも、そこにどう絡んでいくのか。そしてかなりや荘に暮らすほかの面々は過去とどう向き合い、未来をどう生きていくのか。読める日が来るのが今からとても待ち遠しい。


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