かむなぎ 不死に神代の花の咲く

 「ロード・オブ・ザ・リング」だ「ゲド戦記」だといった具合に、西洋のファンタジーを題材にした作品ばかりが持てはやされる映画の世界とは対照的に、少年が陰陽師だったり天保の江戸に妖しい存在と戦う“奇士”が現れたりと、テレビアニメーションの世界では和風の幻想譚が花盛り。特に際だった理由がある訳ではいのだろうが、原作として使われがちな小説や漫画に、そうした日本が舞台となったファンタジーが多くあるというのも、ひとつの理由に挙げられそう。

 だったらどうして小説や漫画に和風が増えてきたのか。挙げるならこの雁字搦めで行き場なしの印象が年々色濃くなっていくこの国でも、かつては様々な不思議が溢れていたし今も光の射さない場所に行けば、闇に回ればまだまだ不思議な出来事はあるんだと感じさせてくれることに、開放感と安心感を覚えてそこに何らかの希望を抱きたい人が、大勢いるからなのかもしれない。

 沖垣淳という新鋭が紡いだ「かむなぎ 不死に神代の花の咲く」(ソフトバンククリエイティブ、600円)という物語も、日本が舞台となったファンタジー。ただし舞台は平安の京都でも徳川期の江戸でもなくて現代の日本。鏡に玉に剣という、神代の昔からこの国に伝わる“三種の神器“の力を守り育み伝えつつ、日本を魔より守って生きた一族に起こる事件を描いている。

 もっとも陰陽師や妖奇士といった異能存在が、それぞれの持つ力で日本を脅かす魔物を退治してく“退魔師物”とは違って、神器を受け継ぐ家系が担った力を我がものにせんと狙い襲ってくる敵をかわし、撃退しては日本を結果として安寧に導こうとする展開になっている部分に目新しさがあって、異能のバリエーションの饗宴にやや食傷気味になっている読者でも、飽きることなく読んでいける。

 かつて黄泉の国への道が開いてしまい、これを封印した際に穢れのような力を一身に負うことになったのが、八坂の勾玉の力を伝える家系の少女・千尋。近寄る魔物の力を増してしまうその力が、悪用でもされたらこの世の終わりと八坂家では、千尋を強い結界の中に置いて護ってきた。そこにアクシデントが起こる。

 千尋を守っていたはずの八坂家では、千尋の母親が身ごもり力を千尋に避けない事態となってしまった。ならばと草薙の剣の力を伝える草薙家へと千尋を預けることになったが、強い力を持った当主は職務で出払っていて、後には当主の妻とその息子・真幸がいるばかり。妻には武力はあっても異能の力はなく、真幸は己の力を最大限に発揮するための方策を会得していなかった。

 千尋も千尋で、秘められた力が自分に親切にする人たちを危険にする可能性に思い悩んで他人を寄せ付けようとしない。護ってくれている真幸にも最初はなかなか懐こうとしなかったが、日々をともに過ごすうち、妹のような可愛さと置かれた境遇の哀しさも手伝い、純粋な気持ちで千尋を護ってあげたいと思うようになった真幸の心情を千尋も汲んで、彼を兄と慕うようにる。

 そんな矢先。妖怪変化ではなくヤクザのような組織が草薙の家を急襲しては、千尋をさらって連れていく。これはまずいと後を追おうとしても遠く逃げられてしまい、八方ふさがりとなった真幸たちが頼みにしたのは、同じ“三種の神器”のうちの八咫の鏡を伝える一族の女2人。

 八多いすずに八多みすずという名の2人は、双子ではなく姉妹ですらないのに、“鏡”が重要なファクターとなている家系に生まれた者たちだけあって、生年月日も同じなら顔立ちも性格も喋りまでもうり二つ。美貌を作業服に包みヘリコプターで舞い降りては、戸惑う真幸の尻をひっぱたいて千尋奪還へと向かわせる。

 立ちふさがるは陰謀をめぐらした老人と、それを助けた能力者の家系に育った青年。黄泉の扉が大口を開けて世界を混乱に陥れようとしたその時、怒りを頂点に達しさせた真幸のパワーが爆発して、窮地にあった千尋を救い出す。本心から出た親切が最後に大きくものを言うエピソードの美しさが、キラリと光って喜びの感情を沸きたたせる。

 国を護るべき存在の、半ば内輪もめ的な事件を描いている点は、悪鬼をばったばったとなぎ倒していく“退魔師物”的なアクションを求める人には、物足りなさを感じさせるかもしれない。だが、“三種の神器”や“九十九神”といった日本古来のガジェットを組み込んだ手腕や、九十九神から慕われ、得体の知れない妖異からも気を配られる千尋という存在の、世界を左右する危うさを持ちながらも心根の優しい様を描いた、キャラクターの造形力はなかなかに巧みだ。

 そんな千尋をめぐる人たちの存在感も、強くて大きいものがある。千尋や国のためを思い取る振る舞いにも合理性があって、読んでいて絵空事だからと読み飛ばせない濃密さ、奥深さを味わわせてくれる。

 千尋は救われ真幸は覚醒への1歩を歩き始めて、さあこれからといった期待も感じさせて1巻の終わり。続く2巻があるとしたら、九十九神ではないのに千尋の周囲を飛び回り、千尋の力にも曲がらず彼女を護ろうとする風伯とう名の謎めいた存在のこれからや、みすずといすずのハチャメチャで破天荒な言動をたっぷりと描いて、和風幻想譚に新たなヒーロー像、ヒロイン像を築き上げて欲しいもの。そして千尋と真幸が選んだ道が幸せにあふれた結末にたどり着くのかを、兎にも角にも確かめずにはいられない。


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