入学した大学は、同じ学部の同じ学科で同じ専攻が20数人しかおらず、それだけでひとまとまりとなったサークルのような感じになっていて、合宿もやればハイキングにも行き、学園祭にも模擬店を作って参加したりしながら、4年間を過ごす人が多かった。男女比では女性と男性がほぼ半々となっていて、当然のように1年生のうちから付き合う男女も生まれたりした。それも何組も。

 同じ境遇におかれ、同じ空気を吸う中で生まれる同志的な繋がりが、いつしか恋愛感情にすり替わったりした、例えるなら吊り橋の上で同じ恐怖を味わった男女が、惹かれ合うような関係にも似た状況が、そこに起こって生まれたカップルだったのかもしれない。もっとも吊り橋から離れしばらく経つと、我に返って相手を見直す男女も多いのが実状。学生生活中につきあい始めた同級生の大半が、卒業と前後して破局し、それぞれが別々の誰かと結婚していった。

 その様からは、同じサークル内でのカップルなど一種の晴れ着のようなもので、まとい同窓生に見せびらかして悦に入る役割は果たしても、永遠を約束する伴侶には成り得ないのかもしれないという想像が浮かぶ。カップルを持ち得なかった物の僻み? しかし一方で事実が語る。そしてとある物語も大学生活における同窓のカップルの、複雑にして難しいかもしれな未来を示す。

 その物語の名は「鴨川ホルモー」(産業編集センター、1200円)。第4回ボイルドエッグズ新人賞を獲得した万城目学の作品で、同じ大学の同じサークルに入った男たち女たちの間に持ち上がる、複雑にして奇怪な関係がそこには描かれている。「鴨川」という名がタイトルにあるように舞台となっている街は京都。二浪の末に京都大学に入った安倍は、葵祭りのアルバイトで同じ牛車を引くエキストラをしていた高村という男と言葉を交わし、同じ京大生だったと知って2人で歩き始める。

 そこに現れたのが1組の男女。そこで京大生かと声をかけられた。高村の格好がいかにも入学し立ての京大生に見えたのだろうか。サークルの勧誘をしていると言って男女は「一緒にENJOYしませんか? 京大青竜会」という文句で始まるチラシを手渡し、新歓コンパがあるから来ないかと誘う。

 2浪で4月生まれで21歳になっていて、今さらサークルに入って騒ぐ気にはなれず、とりあえずただ酒を飲んで後は知らん顔でいようかと考えて出た「京大青竜会」のコンパで、安倍は考えを改めた。そこに理想の美少女がいたのだ。何が理想的かといえばほんのちょっぴりかぎ鼻になった彼女の鼻の形が理想的。惹かれ魅入られ忘れられず、何をするのか不明なサークルであるにも関わらず、安倍はそのまま「京大青竜会」へと入ってしまう。

 そして始まったサークル活動は、名前に反して登山にキャンプにバーベキューにコンパと学生っぽい温さにあふれていた。早良京子という理想の鼻を持った彼女もちゃんと参加していて、安倍も告白こそしなかったものの、彼女を見るためにせっせと活動に参加していた。いつかは更に親しくなれるかもしれない。そんな淡さとユルさの混じった新入生ならではの幻想が、遂に崩れる日がやって来た。「京大青竜会」の本当の活動が明らかになったのだ。

 祇園祭の宵山の夜。繰り出した観客たちに混じって待っていた安倍や高村や早良たちを含む1回生の会員10人の前に現れた3回生ばかりの先輩10人は、全員が青い浴衣に身を包んでいた。そして1回生を引き連れ四条烏丸の交差点へと向かっていった。待っているとやがて残る3方からも、赤に白に黒とそれぞれに別々の色の浴衣を着た3回生10人と1回生10人の集団が現れた。交差点の中央で4つの集団が向き合った時、京大の面々を率いるリーダーの菅原ことスガ氏によって「四条烏丸交差点の会」の開催が告げられた。

 残る3本から来た集団が「京都産業大学玄武組」「立命館大学白虎隊」「龍谷大学フェニックス」と名乗り、最後にスガ氏が「京都大学青竜会」と名乗ってそして「四条烏丸交差点の会」終了が告げられた。遊びの時間は終わり、安倍や高村や早良ら10人は「ホルモー」を担う戦士にさせられてしまった。

 安倍は戸惑い考えた。他の同窓生たちも質問した。「ホルモー」とは何だ? ホルモンではない。「ホルモー」。スガ氏は説明した。それは安倍たちで500代目となる選ばれた人たちが、営為と繰り返してきた闘いだという。4つの勢力がそれぞれに鬼や式神を扱って繰り広げるリーグ戦。優勝すれば「四条烏丸交差点の会」で真っ先に名乗りを上げる権利を得られるのだという。

 たったそれだけ? それが重要。闘いで勝つことが重要。なぜなら負けると「ホルモー」が待っているから。だから「ホルモー」とは何なんだ? 答えが知りたければ「鴨川ホルモー」を読めばいい。ものの数ページを読めば明らかになる。だからといって「何だそんなことか謎は解けたもう十分だ」とは思わせないのが「鴨川ホルモー」の面白いところだ。

 見るも無惨な「ホルモー」の状態にどうしてなるのか。なってしまったらどう変わるのか。ならないためにはどうしたらいいのか。といった「ホルモー」そのものへの興味がページの先へと読者を引っ張る。やがて立ち現れる物の怪たちのおぞましい姿。人よりも先に住まい陰から京の都を支配して来た存在が、「ホルモー」を通して人を導き操り弄ぶ様を見せられて、あの街の歴史の深さを誰もが思い知ることだろう。

 それ以上にポイントなのが、安倍や高村たちと同じ「京大青竜会」の面々が繰り広げる、学生らしさにあふれた出会いと恋と失恋の物語。まさしく”青春”と呼ぶに相応しい様が、高校生には来るべき大学生活への理想を抱かせ、現役生には今まさに直面している状況に心をを浮き立たせ、すでに過ぎ去った年輩者には懐かしさを覚えさせる。

 一目惚れもあれば一目惚れられもあって、友情が生まれ誤解が生じ仲違いが起こり結束へと繋がる、サークル活動に割とありがちな出来事を、そのまま描いたのでは他にも多々ある青春小説と重なってしまう。そこに「ホルモー」という設定を加えたのが作者の妙手。伝奇バトル的な雰囲気で読む人の興味を引き出しつつ、スポーツ小説のような努力と友情の果てにある勝利によって爽快感も与えてくれる。

 さて肝心の恋愛の方はというと、安倍の理想はもろくも崩れ去ってしまうことになるけれど、代わりに得られたものもあって、読む人の多くを羨ましがらせる。その展開もまたありがちだったりするけれど、そうあって欲しいという誰もが抱く願望を形にしては、読む人の心を慰撫するためにも、そう成らざるを得なかった。もっとも。それが永遠のものかどうかは別の話。恐怖の体験を過ごす中で生まれた同情が、恋愛感情にすり替わっただけだとしたら卒業を経て壊れてしまう可能性だってある。

 果たして2人はどうだったのだろう。物語自体はひとまず完結していて続きはなさそうだけど、何年か後の「ホルモー」を描く中でかつての先輩として、それも50年ぶりとなる「鴨川ホルモー」を戦った異例の立場にある2人として、登場しては仲睦まじいところを見せつつ下級生たちを導く姿を見たいもの。もう1組のカップルが例え例に違わず破局していたとしても、安倍たちだけにはいつまでもその睦まじさを続けていて欲しいものだが、さて。


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