架空の王国

 「書庫に閉じこめられた古い本たちを救いだし、因習に縛り付けられて架空の王国に閉じこめられようとしている王子様は、助け出してパリの街へと解き放ってあげる」

 それみいんな私の仕事なんですとは、たぶん瑠花は言わなかっただろうけど、仮に言ったとしてもおかしくないくらい、高野史緒の「架空の王国」(中央公論社、2200円)に登場する、日本から来た受験生、スワノ・ルカは、フランス東部のドイツとスイスに国境を接した小さな王国、ボーヴァル王国で八面六臂の大活躍を見せる。

 経済的にはフランスの保護下にありながら、ボーヴァル王国はある特殊な事情によって王政を中世の時代から現代に至るまで維持し続けていた。跡継ぎがいれば王位が継承されるのは当然だが、一方では世継ぎがいない場合でも、「フィリップ・オーギュストの特許状」によって、聖別された人物ならば女性であろうと傍系であろうとそれこそ赤の他人でも、王位を嗣がせて王国を維持することができた。

 そんなボーヴァル王国にある、王立サンルイ大学が設けている「入学志願も入試も随時OK。単位もなし。授業もなし。ただ指導教官のもとで研究を続け、卒業も指導教官が学士号に値すると認めた時ならいつでも」(9ページ)という特別枠に、東京にある超一流の大学を中退してまで、瑠花が応募したのは、ひとえにトゥーリエ教授のもとで、十七世紀の古文書戦争について研究したかったから。けれども瑠花が学校についたその日、トゥーリエ教授は大学図書館の聖母像の前で、謎の言葉を残して息絶えた。

 トゥーリエ教授と共同研究もある学者で、かつ十日後の聖別式を経て、ボーヴァル王国の王太子になることが決まっているフランソワ・ルメイエール助教授と、瑠花はトゥーリエ教授が死ぬ場面に居合わせる。そして教授が残した言葉の真意と、試験問題といっしょにトーゥリエ教授から託された古文書をめぐって、貴族とゴシップ記者と王太子とその他もろもろの人々が起こす大騒動に、好むと好まざるとに関わらず、瑠花は次第に巻きこまれていく。

 トゥーリエ教授に託された「ゼッカーソン文書二十八番」を狙っているのは誰なのか、それは教授の殺害とどんな関係があるのかを考えながら、瑠花は誰が敵で誰が見方かも解らない中を、探偵よろしく推論を組み立て、聞き込みを行い、最後には大がかりなカーチェイスまで演じて見せる。実質的な結婚式をも意味する聖別式の場所からの、王太子と手を取り合っての逃亡劇は、まるで昔どこかで見た映画の、性別をひっくり返したポジフィルムに対するネガフィルムのようではないか。瑠花を助ける「時には見方」、そして瑠花を騙す「時には敵」、さすがに恋人だったことはなかったが、最後には颯爽と走り去っていく、謎の女ネズミだって登場するのだから。

 そういう意味では「架空の王国」は、現代に残された奇跡のような王国を舞台にした、一大活劇であり歴史ミステリーであり、そしてラブロマンスでもあるのだが、しかし物語のラスト近くで明らかにされる、本書のタイトルにもなっている「架空の王国」という言葉の意味に触れた時、人が夢などではなく金によって動き、聖なる存在への畏敬ではなく物言わぬ兵器への恐怖に付き従わざるを得ない現代の、もの悲しいけれども決して逃げることの出来ない現実を、深く思い知らされる事になる。

 本の中には血は流れる場面は書かれていても、本当の血はたった一滴ですらついていない。権謀術策の限りを尽くす人々の狂態を読みとることができても、そのことで自分が傷つき死ぬことは絶対にない。しょせんはのぞき見趣味の傍観者でしかない歴史の学徒が、まるで生きている歴史のようなヨーロッパの小国がひた隠しにして来た、冷徹で陰惨で非情な現実を間近に見てなお、本の中にある過去に閉じこもっていられるのだろうかと悩む。しかし積み重なった過去が、伝統あるいは因習となって現代をも縛り続けていることを考えると、過去を解きほぐして現代を解き放つために、歴史を学ぶことは必要なのだろうとも思えてくる。

 ただ一つ、現代を正当化するために、歴史を恣意的に用いようとは、決してしてはならない。「架空の王国」が歴史を慈しみ真実を求める人々の探求心によって崩御を遂げ、さらには死へと至ったように、恣意的に用いられた歴史によって形作られる現代もまた、真摯な探求心によって必ずや崩壊へと至る「架空の王国」に過ぎないのだから。真実は一つではないが、さりとて無限でもない。無限に近い史料のなかから真実を限りなく一つへと絞り込んでいく、そんな歴史家たちの作業によって、「架空の王国」に施されたメッキは、必ずや剥がれ落ちる。

 そう、だからこそ厳しい現実を間近にし、現実を縛った過去に触れた瑠花には、歴史家になって過去から現実を救う道を見つけて欲しい。過去から現実を解き放って欲しい。一度は歴史を学問として選び取りなりながらも、道半ばにしてその探求からリタイアし、けれども歴史の力を信じ続けたい元学徒の、これはいささか虫の良い、けれども心からの願いでもある。


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