御役目は影働き 忍び医者了潤参る

 浮穴みみという、2008年に小説推理新人賞を受賞して、受賞作を含んだ「吉井堂謎解き暦 姫の竹、月の草 」を発表し、それから主に時代物を描いてきた作家の「御役目は影働き 忍び医者了潤参る」(中央公論新社、1600円)という本は、帯に「笹川了潤。美男、長身、医師にして上忍。しかし、三度の飯より検屍好き この忍び、目立つ。」とあって、とてつもないキャラクターの登場を予感させ、これはもう読むしかないと思わせる。

 だって美男だよ。長身だよ。医者だよ。おまけに忍者でなおかつ上忍だよ。3高ではきかない好条件をズラリそろえて、その上に性格もなかなかに涼しげだというから、女性でなくても羨ましさを通り越した憧れを抱いてしまう。とにかく目立つプロフィル。忍者なのに目立って良いのか? という疑問はあるけれど。まるで世を忍んでない。

 そんなキャラクターだから、訳あって江戸に出てきて暮らし始めた療治場の周囲には、グルーピーが集まって幟を掲げて取り囲み、姿を見ればキャーキャーと囃し立てたりする。表では日陰をひっそりと生き、闇に帰って活躍するのが忍者の道であるにも関わらず、白昼堂々と脚光を浴びて、どうして忍者が務まるのか。手下でなくても気に掛かる。

 普通の男子なら可能な体術を見せても、そんな彼を慕い頼るようになった同心の目には華々しい活躍に見えたようで、周囲をはばからずまるで忍者のようだと褒め称えるから、手下たちも気が気ではない。いつ正体が露見するのか。そして敵に襲われるのか。不安も浮かんだだろう。笹川了潤の父親が不穏な死に方をしているだけに。

 そう、笹川了潤は父親の死を受け江戸に出てきた。時代はほぼ幕末に近いようで、各地に蘭学を学んだ人もいるけれど、蛮社の獄という事件も起こって蘭学者たちが取り締まられたりしている。そんな時代に笹川了潤は、遠く鈴鹿山中の隠れ里で忍者としての鍛錬しつつ、育ての親から医術も学んでいた。そこに父親の笹川仙庵が死んだという報。予期していなかった跡目相続を言われ、仙庵がいた江戸へ出て、医者の仕事を継ぐ一方で、仙庵を従えていたある大名の若様の下、江戸の治安を守るべく働くことになる。

 目下は仙庵を暗殺したらしい勢力が相手。その首領で蘭学者ながらいろいろと画策し、周囲に凄腕も侍らせているに迫る男の探索の過程で、殺人が起こり美男子で医術も収めた忍びの了潤が、持てる医学の知識を駆使し、周囲の忍びたちも動かして真相を突き止めていく。

 生きた人間は待ってくれるけれど、死人は待ってくれないという、聞く人が聞けばまるっきり逆な了潤の言葉は、生きていれば残る痕跡も死体は腐敗とともに消えてしまって、分からなくなってしまうという意味。検屍の概念がまだなかっただろう江戸時代にあって、検死官的な立場から情報を集め、推理を重ねるストーリーが繰り広げられることになる。

 例えば首を吊って死んだと思われた少年が、どういう状況で死んだかを背丈や体に残った跡などから推理して、ついでに誰が犯人なのかも暴いてみせる。大柄で彫りの深い女性が真っ黒な顔をして死んだ事件も、彼女がどういう出自なのかを推理し、顔が黒くなってしまったのはどういう理由によるものなのかを、医術に限らず当時最新の化学や科学も駆使した調査を行ってみせる。

 そういう部分ではミステリーであり、敵側にいる忍者がとてつもない使い手で、主に毒矢を扱い攻め立ててくるのを間際でかわし、立ち向かい無理なら逃げるような忍術アクションも楽しめるところが、時代小説の世界にあって少し異色で且つ楽しい部分かもしれない。

 中心にいるはずなのに、ずっと姿を現さない敵の蘭学者はどこにいる? はるばる秩父にも赴きつかんだその真相は?  了潤が死体を相手に推理していく連作4編で語られるひとつの大きなストーリーは、了潤という男の出生の秘密も含めいろいろと裏があって楽しめる。了潤と共に隠れ里で育ち、江戸までついてきた真弓という少女の健気さも実に可愛い。油断すると毬に仕込んだ爆弾を投げつけられるけれど。

 1冊でとりあえずまとまってしまい、日本中を揺るがしかねなかった陰謀も落着してしまって、このあとにストーリーが続きそうもないけれど、幕末から維新と流れる中で了潤がどう活躍し、彼を雇う若様がどういう態度を見せるのか、といった部分に興味が及ばないでもない。もしも可能なら、そんな続きめいたものが読んでみたいけれど、果たしてどうなる。


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