銀河戦記の実弾兵器(アンティーク)1
高校生の俺が目覚めたら宇宙船にいた件

 目覚めるとそこはファンタスティックな異世界で、勇者に転生していて類い希なる強さを発揮して王国を魔物の侵略から救うとか、逆に魔王となって勇者に追われて滅亡寸前の魔界を救おうと立ち上がる。そんなタイプの物語が、数多の作家によって書かれては結構な人気になってひとつのジャンルを形成している。

 読んで飽きないものかといった指摘もあるけれど、そこは人間、ここではないどこかへと行って、今とは違う自分になりたいという、誰もが少なからず持っている願望をくすぐって、根強い支持を集めるようになってしまった。人気があるジャンルならどれを読んでも面白い。そういうものだ。

 そしてもうひとつ、送り手の誰もが想像力に長けた作家たちだけあって、同じように見えていても、しっかりと独自の設定や展開を取り入れ、目新しさを感じさせてくれる。だから飽きずに楽しめる、といった具合。Gibsonという新人作家の「銀河戦記の実弾兵器(アンティーク)1 高校生の俺が目覚めたら宇宙船にいた件」もそんな1冊で、ぶち込まれたアイディアと展開の妙で、読む人を新たな“転生”のストーリーへと誘ってくれる。

 この作品で主人公が“転生”するのは、異世界ではなく遠い未来の宇宙空間。一条太朗という名の高校生の少年が、激しい腹痛で病院に駆け込んだところ、いつのまにか意識を失っていて、気がつくと病院のベッドの上ではなく、宇宙を行く船に積まれた冷凍睡眠のような装置の上にいた。

 そして太朗が見渡すと、部屋には同じような装置が並んでいたものの、中に入っていた人はすべて白骨になっていた。4000人以上いたらしい冷凍睡眠者で生き残ったのは太朗ひとり。もはや冷凍睡眠に戻ることも適わず、かといってどこに行くかもまるで分からない船の中を歩き回った太朗は、そこで言葉を話す球体型AIと出会う。

 太朗の言葉を理解したらしい球体型のAIは、太朗に特殊な装置を使って新しい言語や世界がおかれた状況などを脳に直接記憶させる。そして太朗は、今いる世界は地球の存在が忘れ去られたはるか未来だと知る。どうしてそんなことになったのか。そもそも誰が太朗を宇宙へと送り出したのか。まるで分からないけれど、それでも太朗は装置によって得た操船技術を駆使して船を人間たちがいる宙域へと運び、そこでサルベージャーと呼ばれる一種のジャンク屋をを営んでいる少女マールと出会い、仲間に加えて運送会社を立ち上げつつ自分が生まれた故郷を探そうと意欲を燃やす。

 こうして始まった一条太朗の新しい世界での冒険は、植え付けられた高い操船能力を活かして成功を重ね、戦闘の知識も得て妨害する物たちを排除し、どんどんと会社を大きくしていきく。テクノロジー面が大きく進歩した戦闘の中で、自分の生きていた時代にあったミサイルのような“実弾兵器”を再現することによって、その時代の誰も予想できない戦いぶりを見せて勝利を重ねていく。

 ワインドという、野生化して勝手に増殖するようになったAIが襲ってきても、軍事に関する情報を脳に書き込み撃退してみせる太朗の成長ぶりや成功ぶりが、あまりに都合が良すぎると感じる人もいるかもしれない。ライトノベルによくある最強の主人公。それが悪いことではないけれど、転生とセットで数多ある設定だけに辟易とさせられることもあったりする。

 そこが「銀河戦記の実弾兵器」では違っている。脳に新たな知識を書き込むということは、古い知識が消えてしまうということ。そんな設定が加わったことで、太朗には選択の厳しさが常に突きつけられることになる。戦闘で勝利した後でふと気がつくと、家族の顔が思い出せない。記憶が上書きされてしまっているからだ。かろうじて両親の存在は覚えていても、それもいつか消えてしまうかもしれない。

 生まれ故郷の地球に戻りたいという強い思いが太朗の行動を支えていても、そんな地球の思い出すら消えてしまった時、太朗はどんな人間になってしまうのか。そしてどんな行動を取るようになるのか。物語にとって大きなポイント。そこにどんな工夫が盛り込まれるのかで展開にスリリングさが増すだろう。

 一方では、増殖し続けるワインドという危機がああって、人類の未来も決して楽観的ではない。もうひととつ、誰も知らないはずの地球のことや日本語を知っていた小梅というAIの正体も気にかかるところ。人間のように柔軟でそして人間以上に聡明なAIの存在などあり得ないといったシチュエーションを背後に、存在している小梅の正体とその目的を探る物語も楽しめそうだ。

 まずは幕が開いたばかりの一条太朗の冒険と探求の旅。その行き着く果てまで追いかけていこう、続く限り。


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