ジスカルド・デッドエンド

 ジスカルド。

 そんな名前を持ったクリエーターへの思い入れが、自分にはとくにない。ネットでゲームを発表していたという経歴は知っていても、そのゲームを遊んだことはなく、したがって賞賛の言葉を贈り、オフ会に招かれ親しくなって薫陶を受け、自らもなにか作り始めたといった経験はない。

 そんな人間が、名前でしか知らないクリエーターへの、なにか思い入れを含んだ感情を、抱きようがないというのが実際のところ。だから、実在するジスカルドという名前のクリエーターが登場して、創作へのさまざまな思いを語り、ジスカルドに関わっていた周囲を揺さぶるような物語を読んでも、当人の影をそこに含んだ解釈を得て、感慨を浮かべるようなことも、やはりできはしない。

 できるのは、そうしたエピソードを踏まえながら、ジスカルドに限らずクリエーターと呼ばれる人たちが、なにをモチベーションにして創作に挑み、そしてどういった進展を遂げていった果てに、なにかを感じ、そして衰えていってしまうのか、といった状況への関心を抱くことくらいだ。

 それは、なにかを発信している人間には、規模の大小こそあれ等しく訪れるだろう心情で、こうしてネットでなにを書いている自分自身にも、あるいは業として活字の媒体でなにかを発信している自分自身にも、やはりあったりする心情だろう。

 そうした心情の重なり具合から、ジスカルドというクリエーターが感じ、吐露した懊悩を、理解していくような読み方が、泉和良人の「ジスカルド・デッドエンド」(星海社FICTIONS、1200円)では、できそうな気がする。

 ネットでゲームを発表して、それなりなファンがついている主人公の青年が敬愛し、目標にしてきた「ジスカルド」というクリエーターのサイトに突然、「死にたい」という言葉が連なって表示された。どういうことなのか。すでに面識を得ていた主人公は、ジスカルド本人に電話をして、無事だと確かめほっとしたのもつかの間、主人公の周辺に、見知らぬ少女や男たちが現れた。

 それは、どうもジスカルドが作ったゲームのキャラクターたちらしい。夢なのか。妄想なのか。けれどもそんなキャラクターたちは、主人公に向かって言葉を発し、さらにだれか敵らしい存在と戦っているさまを見せて、主人公を戸惑わせる。展開が進むにつれてゲームのキャラクターたちはさらに増えていき、たがいに対立する構図すら見せて主人公を驚かせ、そして浮かんだひとつの懸案に向けて走らせる。

 そんなストーリーを持った、この「ジスカルド・デッドエンド」という小説がややこしいのは、ジスカルドというクリエーターの登場から躍進を経て賞賛を得て、やがて衰退へと向かう行動を、真にジスカルドという名でネット上に様々なゲームを発表するかたわらで、泉和良という名前で小説を書いて、世に問うてきた本人が、小説として書いているという部分だ。

 それは、ある面から見れば自意識の放流に過ぎないかもしれない。とはいえ、「ジスカルド・デッドエンド」という物語には、ジスカルドというクリエーターに対峙し、賞賛しつつその活動を冷静に見られる人物が、主人公として描かれていて、第三者のような視点を担って、冷静に状況を分析してもいたりする。

 ジスカルドという自分自身の分身、というよりまさしく本身を、物語のなかでかつて生みだしたキャラクターを現出させてまで、破滅へと追い込もうとする筆は、一方で、主人公の視点に仮託して、己の破滅を見つめ理解しつつ、ジスカルドの意図に反して生き延びさせようとする、ゲーム内のキャラクターたちも登場させる。

 滅びたいのか、生きのびたいのか。そんなある種の分裂を、迷いと見るべきなのか、それとも行きづまった身を洗い直し、新しい身として再生させようとあがいていると見るべきなのか。単に自己憐憫に溢れたセンチメンタルな物語だと、断じきれない心理が、そこのあたりから浮かんでくる。

 それでもちゃんと、葛藤や逡巡や懊悩をはらんだこうして、物語として世に問うことをしているのが泉和良という作家であり、ジスカルドというクリエーターだったりする。内面を吐き出しているように見せかけて、陰でひっそりと世間を騒がせていることに微笑んでいたりするのかもしれない。そう思うと、なかなかにクリエーターという人種は複雑で、傲慢で、なにより強固な存在だといえそうだ。

 「エレGY」「セドナ、鎮まりてあれかし」「私のおわり」等々、小説作品を発表してそれぞれに驚きを与え、存在感を示してきた泉和良が、分身であり本身でもあるジスカルドの終わりを描いたような作品を経て、これからどうなっていくのか。雰囲気の良さで読ませる講談社=星海社系の作品も悪くはないけれど、それとは違った、SFへの本気が満載された「セドナ、鎮まりてあれかし」のようなものも、問われて欲しい。

 物語のジスカルドのような、デッドエンドとはいかないそのしたたかさを、見せてくれる時を、待とう。


積ん読パラダイスへ戻る