磁極告解録 殺戮の帝都

 「生存賭博」(新潮文庫NEX)で人類と異形との間で繰り広げられている戦いの最前線にある都市に生きる者たちが、絶望の中に享楽を見いだして戦い、騒ぎ、そして生きようとあが姿を描いた吉上亮が、今度は昭和初期の東京を跋扈する異能使いたちのぶつかり合いを描いた。それが「磁極告解録 殺戮の帝都」(ノベルゼロ、750円)だ。

 関東大震災からしばらくたった昭和7年の東京は、長らく軍部にちょって独占されて来た、磁性流体なる物質を自在に操り、あらゆる奇跡を実現する“磁律”という技術が解放され、それらを使って復興の途上にあった。

 巨大な天蓋を空に浮かべることも可能な“磁律”の技術は、個人が使えば手に武器など持つ必要はなく、それこそ兵器だって無用なほどの力を振るうことができた。そんな“磁律”の力を自在に操る人間たちが所属する組織が特殊検察群。財閥に雇われ、テロリストたちを相手にしている民間憲兵企業が時折起こす暴走を、抑止する仕事に就いていた

 そんな特検群を抱えているのも「織紗」という新興財閥。そこの令嬢、織紗煉裡という少女を筆頭にして、琥徹、ウシワカ、そして仁祈生という3人が所属して、それぞれがとてつもない“磁律”を使った異能を繰り出し、傭兵喰いの傭兵という仕事だけでなく、時には帝都を脅かすテロリスト自体とも戦っていた。

 琥徹は“磁律”を使って物体を自裁に操り、ウシワカは肉体を強化して強大な的を翻弄する。そして祈生は、磁性流体を身にまとって敵を圧倒する。そんな特検群の3人前に、過去に“磁律”を軍事力として発展させ、大戦果を挙げながら行方不明になった護藤顕照という名の軍人が立ちふさがる。

 帝都に舞い戻って何かを成そうと暗躍する護藤を相手に、かつて彼に見いだされながらも捨てられ、悪事に手を染めていたところを捕らえられ、煉裡に見いだされて特検群に引き抜かれた祈生が、かつての因縁を晴らそうとする思いも抱きながら戦いを挑んでいく。

 この“磁律”というのがなかなかに多彩で、戦いの最中に損傷した祈生の腕や脚を補い、同じような形にして動かせるようにもできるし、フィールドのように展開して、守りや攻めといたものに使ったりもできる。あるいは機械を動かすようなことも。それ故に強い“磁律”使いは徴用され、天蓋を支える仕事に就かされたりして、それに不満を抱く者たちを生み出していた。

 一方で、生来のものだったはずの“磁律”を人工的に人に与える技術が生み出されたことで、統制下にあった“磁律”使いがどんどんと増えていた。そして財閥を狙ったテロを引き越し、政府や財閥の首脳を狙った暗殺も起こして帝都は次第に混沌の度合いを深めていく。そんな状況に、心情では反権力でも今は財閥に与して戦っている祈生は、首謀者とも言える護藤を追って帝都を駆け回る。

 小林多喜二への拷問が行われそうになりながら、救出されたりする一方で、大蔵大臣を務めた井上準之助が暗殺され、三井財閥総裁の団琢磨も暗殺されるといった具合に、歴史の上で起こった実際の出来事が違う形でなぞられ進んで、昭和という時代を現実の昭和のように軍国めいた方向へ、そして大東亜圏での覇権確立へといった方向へ進めていく。

 祈生と護堂との壮絶な戦いを経て、存在を保った特検群は、やがて傀儡国家として立ち上げられた満州へと追いやられることになる。そこで煉裡と祈生を除く仲間たちはどんな戦いを繰り広げるのか。歴史に従えば崩壊へと向かう帝国の歴史の中で、“磁律”といったものがどう使われていくのか。興味が浮かぶ。もちろん護藤との戦いの中に身を隠した祈生の再登場にも。

 関東大震災の時に弟を救えなかった嘆きも抱え、無法者に肩入れしていたものが、今は財閥に買われている祈生という存在がなかなかに奥深そう。彼を慕う織紗唯正という少女の正体と、その力の行方もこれからの展開に関わっていくのかも気にかかる。

 同じ特検群に所属する男装の麗人にして磁律使いの琥徹もがなかなに格好いいけれど、その肉体の秘密を知ると見る目も迷うかもしれない。「風の谷のナウシカ」のクシャナのように「我が夫となるものはさらにおぞましきものを見るだろう」といった感じで。そうまでして生き続ける意味は。その心情に迫りたくなる。もう1人、アメリカ人もウシワカの意外な正体にも驚かされる。

 歴史に実在する事件や人物が史実とは違う形で登場するのは、同じ日本のこちらは戦後が舞台となった峰守ひろかず、伊藤ヒロによる「S20/戦後トウキョウ退魔録」にも少し通じる。第2巻が出たこの作品と同様に、「磁極告解録」にも続きが出て欲しいと願いつつ、まずは現代とも異世界とも違った昭和モダンの喧噪の中で繰り広げられる、スタイリッシュでパワフルで、超能力とも違った“磁律”使いたちのバトルをご堪能あれ。


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