異端児たちの放課後

 ひとりの正義はみんなの正義ではないし、ひとつの国の正義は世界の正義ではない。時の政権とも言える江戸幕府を正義と認めて戊辰戦争を戦った藩は、明治維新後に賊軍として不遇な立場へと追いやられた。ナチスドイツに率いられたドイツ国民が信じて遂行した正義は、今では人類史に残る非道な振る舞いとして糾弾されている。

 絶対の正義などあり得ない。立場によっても、時代によっても正義は変わる。変わり続ける。だからといって、折々の正義に身を委ねるしかないというものでもない。大切なのは、たとえあり得ないのだとしても、絶対の正義を求め、探り、近づこうとする意志を持ち続けること。形代小祈の「異端児たちの放課後」(電撃文庫、590円)という小説からは、そんな意識が浮かんで来る。

 人間の姿を擬態して、学校に通うヒュドラーの少年、ヒナモリ・ヒナタのクラスに転校して来たのは、長袖のセーラー服に軍手をして、スカートの下にジャージを着け、黒光りする登山靴を履いたヒヒイロ・ホノカという少女。自己紹介でいきなり自分は魔物を狩るものだといい、ヒナタを魔物と認めて襲いかかる瞬間を待っている。

 そして、誰もいなくなった放課後に、当然のように戦いが始まる。アタッシェケースに詰め込んだお札を使い、風に土に水に火とといった魔法を使ってホノカはヒナタを追いつめる。ヒナタもヒュドラーとしての強靱さを活かして逃げ回るものの、ホノカは強く絶体絶命の危機に。そこに割って入ったのが、どこからか現れたエルフで、ヒナタとホノカを保護して、新宿の地下にあるという巨大な施設へ連れて行く。

 そこは、さまざまな平行世界から紛れ込んで来た、さまざまな異端たちが集って暮らしている場所。人間の世界に居場所がなかったヒュドラーのヒナタも、魔法少女のホノカも、そこで初めて自分たちが居て良い場所というものを得られて、一息つく。

 捨てられていたところを拾われ、人間の姿を擬態出来るようになったものの、孤児として育てられ、学校でも散々に虐められながら、それでもヒナタは人間たちの善意をかぎ取る能力を使い、どうにかこうにか生きてきた。

 ホノカも悪魔と戦い倒すだけの日々を送って来て、祭りに行くとか誰かと遊ぶといった楽しいことは、何ひとつ経験してこなかった。そんなホノカにとっての唯一の楽しみが、自分のルーツともいえる魔法少女のアニメを見ること。寂しさに耐え、戦いの苦しさに耐え、命乞いをする悪魔を葬り去ることを自分にとっての正義と考え、ひたすら遂行してきた。

 そんな辛い日々もようやく報われる。ヒナタもホノカも、自分たちの生まれた世界に戻って幸せになれる。そう思っていた。そう喜んでいた。違っていた。純人間を名乗り、人間ならぬ存在はすべて殲滅しようと目論む勢力が、宇宙に蔓延り始めていて、あらゆる場所でヒュドラーを狩っていた。ホノカはそんな<ラブ>という勢力が出していた指令に従い、尖兵として働かされていただけだった。

 ホノカはこれまでに、純人間共和国のエージェントから悪魔だと思いこまされていた存在を狩っていた。相手が捨てられていた子供を養おうと必死で頑張っていた少年でも、学校で初めて仲良くなった少女で、最後まで自分を友達だと思ってくれていても、心を塞いで悪魔の中にある宝石のような<コア>を集めるためだけに狩っていった。

 そんな悪魔の正体を知らされて、少女は自らの存在理由を揺さぶられる。一方でヒュドラーのヒナタも、その中にある<コア>を狙い、武力を揃えて向かってくる純人類の組織に追いつめられていく。激しい葛藤と壮絶な戦い。その向こう側に2人はふたたび安寧の居場所を得られるのか。それとも信じる互いの正義がぶつかり合う中で、どちらかが殲滅されるのか。共に存在理由を失うのか。

 魔物に魔法少女にアンドロイドに吸血鬼。異形の者たちが、現実世界での虐待から逃れてたどり着いた場所で、安心と幸せを絵ながらも、ちょっぴりライバル関係にあって、ときどき喧嘩もするようなドタバタ学園ラブコメ展開を、最初のうちは予想させる「異端児たちの放課後」。それが、自分以外の存在を見下げ、差別するような人間にありがちな差別の問題や、良かれと思ってやって来たことが実は非道でそれに気がついて、大きく心を苛まれる展開を見せ、重たいテーマを突きつけて来る。

 ホノカと同じ立場に置かれたとき、自分でも似たようなことをするだろうか。正義という美名に動かされる時、人はそれを正義ではないと判断できない。そして、すべてが終わった後に、結果として突きつけられる非道の軌跡に苛まれ、心乱されることになる。ホノカも苦しんだ。たとえ知らなかったとしても、知ってしまえば後には後悔が残るだけ。知らなかったんだからと許されたとしても、それは残り続ける。永遠に。

 だからこそ問われる。今何をしているのかが。だからこそ求められる。それが何なのかと常に考え、ふり返ることを。難しくても、それをやり抜くことでしか、人は絶対の正義に近づけないのだと知ろう。そしてまた、ふるわれてしまった正義の美名に隠れた悪行も、悔い改められないものではないと理解し、許すことの大切さを感じよう。やり直せるならやり直した方が良い。そんな示唆と力をくれる物語だ。

 宇宙に存在する様々な世界の、様々な生命の様々な可能性を見せつつ、それらが混在する世界を描くSF的な要素もあって楽しめる。ホノカのしでかしたことにも、ちょっぴりの救いがもたらされ、ここからみんな、幸せになって欲しいと思えてくる。とはいえ敵はまだ倒れてはいない。凝り固まった正義と、底知れない悪意とが融合して生まれる究極の悪意に、立ち向かっていく物語が繰り広げられそう。

 それでも差別を乗り越え、悔恨を経て誰もが等しく安寧をつかむ姿を、是非に見せて欲しい。


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